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バイトテロ奇譚 ~人外娘を求めて旅立ったら呪われた~  作者: さっさん
第二章 前門の虎後門の狼
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第五十二話 それぞれの常識

 一先ず国王に現状を報告した。携帯のカメラを取り出し、焼け落ちたリビングを背景にパシャリと一枚。ピースサインで自撮りをして、「見て、家が燃えたよ」とメールを送る。俺の顔は笑っていない。仏頂面だった。


 すると、すぐに返信が来る。和田君が「また別の家を用意するね」とか言い出したので、全力で拒んでおいた。これ以上貸しを作りたくないし、貸しがデカすぎる。

 不幸中の幸いだけど、今日はフェイチキ販売は休みの日だ。建て直すならなるべく早い方がいい。


 ……そういえばこの家って、保険に加入していたよな。

 店舗総合保険は適用されるんじゃないか? タチバナ印のフェイバリットチキンを開業するにあたって、店舗となる自宅に保険は色々と組んである。


 俺はすぐに電話を掛けた。時刻は夕方四時頃。コール先は勿論、保険会社だ。


「――お電話ありがとうございます、任せて安心アサーガ保険です」


「あのー、今焼け爛れたリビングに居るんですけど……かくかくしかじかで……」


 大丈夫な筈だ。いざって時の為の保険だもの。

 俺は自宅が火事になった経緯を説明していく。すると、担当者から返ってきた言葉は意外なものであった。


「申し訳ありません。今回のケースでは適用できかねます」


「ええ、なんで!?」


「故意、重度の過失が認められる場合は保険金の支払いは行われません。その中にはてんぷら油の不始末等も含まれます。今回、電子レンジの過熱をしすぎた後、放置されたとの事ですので、申し訳ありませんが……」


 マジかよ、終わった。何の為の保険だよ。入っていた意味がねーじゃん。

 こんな事なら転生者支援協会でちゃんと保険に加入しておけば良かった。最初に足を運んだ時、勧められたんだよ。でも、まさか家が燃えるなんて想像しないじゃん。


「うそやろ……なんで、こうなんねん」


 茫然としたまま電話を切った。持っていた手からはポロリと携帯電話が零れ落ちる。

 数千万ターラは残っているから、建て直す事は出来る。だけど、この豪邸だ。工事に一体幾らかかるのか、計り知れない。


 竜人の泣き声が夜のタチバナハウスにこだまする。

 ヴィータを責めてしまったが、留守にしていた俺にも非はある。今日は休みの日。彼女を見てくれるラフィリアやアネシス、サモすら居ない。それに、彼女はまだ少女だ。

 俺だって、アルミホイルのサツマイモを電子レンジに入れて発火させた事はある。電子レンジの特性を知らなければ、分からないものだ。

 竜人の社会に電子レンジがあるとは到底思えない。俺も軽率だった。


 俺は風呂へと向かった。これまた奇跡的に無事だったのでシャワーを浴び、寝る支度を始める。

 どれくらい経ったか、ヴィータは泣き止んだ。それと時を同じくして、俺も眠りに就く。中々眠れず、様々な記憶が脳裏を過った。

 そういえば、俺も色々な事をして、怒られていたっけ。


「店長、元気かなぁ」


 バイトで失敗した時、知らない事、教えられていない事で怒られた。客に怒鳴られる事もあった。先輩に怒られたり店長に怒られたり……。アルバイトではよくある事さ、なんて人は言う。

 思えば、店長の言っている事は正論だったな。ヲタク趣味も俺と合うし、困ったことがあればすぐ相談できる、理想の年上だった。

 ……まぁ、ムカつく所もあった。仄かに香る加齢臭、口臭のダブルパンチ。

 それから勤務体制を一切改善しないし、ワンオペは頑なに貫き通した。俺が冷凍庫で死ぬ、最期の時まで。


 そういや、五月の暑い日に、冷房を付けてくれなかったんだっけ。

 フラストレーションが爆発して、結果的にバイトテロを起こしてしまった。だけど、今なら分かり合えると思う。店長にも何か理由があった筈だ。それを聞いて、お互いに譲歩して、時には妥協点や折衷案を模索して。人々は歩んでいけると俺は信じている。この世界で様々な種族に出会って、今の俺はそう感じている。


 世の中には常識というものがあるらしい。だが、俺はそう思わない。

 かのアインシュタインはこう言った――常識ってのは十八歳までに身に付けた偏見だ、と。


 誰かにとっての常識が、俺にとっての常識とは限らない。それが俺の常識なのだ。常識とは俺にとって、人類全員の中に普遍的にある共通認識を指す。それ以外は……知識、教養だ。全員が認識していないなら、それは常識と呼称すべきではない。俺は常々そう痛感している。


 俺は不出来な人間で、知識も教養もない。大多数の人間が一般的な意味で使う常識も、俺にはない。だからこそ、ヴィータと同じ側に立って、導いてあげられるのではなかろうか。


「教えられなきゃ、分からないよな」


 思考に靄がかかったように鈍い。俺がするべき行動は何だろう。何が引っ掛かってるんだろう。……駄目だ、分からない。


 俺の心情とは裏腹に星空はとても綺麗だった。明日になったら、いの一番でヴィータに謝っておこう。そう決める。

 俺は焦げ臭い寝室で一晩を明かすのだった。


 視界の端でゴーラ、すなわちこの世界で言うゴキブリが蠢いているのを見つけたが、俺は放置した。窓も屋根も穴だらけだ。一匹倒した所で、どうせまた入ってくるだろうから。

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