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バイトテロ奇譚 ~人外娘を求めて旅立ったら呪われた~  作者: さっさん
第二章 前門の虎後門の狼
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第四十九話 恋するケダモノ

 恋をしてしまったようだ。

 異世界に転生して幾星霜。齢は二十。思春期などとうに過ぎたものだとばかり思っていたが、俺の元にも春がやってきたらしい。季節は巡る。冬が明ければ、また桃色の季節は訪れる。

 いつも行くパン屋。そこで可愛い女の子が働き始めたのだ。前に居たイノシシ娘は「客に妙な言いがかりをつけられて仕事が嫌になり、辞めてしまった」とか店長が言っていた。……全く、世の中酷いヤツが居るもんだ。

 この世界にもケモミミ愛好家の紳士たちは居る。言ってしまえば同業者。そんな彼らから、俺は裏ルートで情報をリークしてもらった。

 そうして、次に入っているシフトはいつなのかを聞き出し、指折り数えて待った。寝れない夜も過ごした。羊を二万五千匹数えても眠る事はなかった。

 しかし、ようやくだ。大願成就の瞬間は近い。


「よし、入るか……」


 眼前にはパン屋。転生した初日にも来店した事がある、馴染みの店。入店すると、カランコロンというチャイムが可愛らしく響いた。


 そういや、最近パン屋の通りに「粘着質な客に注意!」というビラがよく貼られるようになったが、粘着質……スライム娘だろうか。あいつらベトベトするもんな。確かに、釣り銭を渡す時なんか、モメそうだ。注意しなければな。


 言っていなかったが、その標的というのが猫人族。人語を操る、猫の人外だ。名前はガーデニアというらしい。

 ……しかも顔が人間なのだ。首から上が人間で、首から下は獣。すなわち俺が三度のメシよりも大好きな人外娘だ。この世界にケモ耳美少女は居ないと諦めていたが、まさに青天の霹靂。


 ちなみに初めは単純な動機だった。たまにはパンが食べたい、と。スーパーやコンビニで売られているパンではなく、焼きたてのパンが食べたくなったのだ。

 そこで足を運んだ所、彼女を見てしまったのだ。瞬刻、俺の全身に稲妻が走った。


「いらっしゃいま、せ……わぁ、また来たですニャ」


「どうもタチバナです。パンを買いに来ました」


 俺は背筋を伸ばすと、凛々しい口調で言った。……俺の事を覚えてくれているようで、誠に恐悦至極である。

 栗色の毛、見る者を虜にする大きな瞳、愛らしい唇、ピンと立ったネコ耳。オタク受けする要素をこれでもかと押し込んだような外見だ。年齢は俺と同じくらい。ひょっとして二十歳くらいだろうか。年齢が一緒なだけで、運命を感じてしまいそうだ。


「普通にパンを買ってほしいですニャ……」


「てぇてぇ……」


 勿論俺はパンを買いに来ている。だが、そのついでに……そう、ついでに君を見に来ているのだよ。


 うむ……何度見ても可愛すぎる。二十四時間、三百六十五日眺めていたいほどだ。

 非業の死を遂げたオタク達の魂が成仏できず、未練となってこの世界に受肉した姿が彼女なんじゃないか?

 正直、今すぐにでも愛の告白をして、そして……デートを重ねて、その後はお互いの愛を深め合って……いや、待て。俺は人外だ。こんな下半身で彼女を満足させる事が出来るのか、いや、出来ない!

 まずはラクリマを手に入れて、呪いを解いて……あれ、ラクリマで願いを叶えればこの娘を好きなように出来るよな? しかし道徳的にそれはちょっと……うーん。相思相愛、純愛であるべきだ。

 もう数段階、好感度を上げておいて様子を見たほうが良さそうだな。


「もう来ないでほしいですニャ」


「えっ?」


 どういう事だ。あれ、俺に言っている……? 俺の目を見て言っている?

 理解が及ばず、間抜けな声が漏れた。聞き間違いだろうか。唐突に死刑宣告を受けたような心境である。


「他のお客さんに迷惑なんですニャ……不審者が徘徊してて、買い物しづらいって……」


「そ、そんなつもりは…………」


 猫人族の彼女は、皆怖がっているんですニャ、と付け加えた。先ほどまで屹立していた耳は垂れ、困った顔をしている。

 奥に他の従業員が見えた。彼らは険しい表情でコクリと頷いた。


 あれ、俺って、迷惑客……? ウソやん。そんなつもりはなかったんやけど……。かつてバイトしていた接客業で散々味わったクソ客ども。人によってマナー、モラルは違う。悪いと思っていない場合が大多数だ。それに、軽微な事例もある。後ろに長蛇の列が出来ているにも関わらず、店員に世間話を喋りかける者、支払う際に大量の小銭を出そうとする者、些細な事で怒鳴り散らし、過剰なサービスを要求する者、様々だ。

 そんな、ヘイトを撒き散らしてくれたあいつ等に……いつからだろうか、俺はなってしまっていたのか。


 どうやらこの子に、そして店に迷惑を掛けていたようだ。

 困った顔も可愛い……だけど、困らせるつもりは毛頭ないんだ……ゴメンよ、ガーデニアちゃん。

 ラクリマについて聞きたかったけど、こうなってしまっては退去する他ない。


『セレノ! 焼きあがったわよ、持っていって!』


「あっ、はいですニャー!」


 猫人族は厨房へと走っていった。昼時の店内は中々忙しそうだ。

 すみませんでした、の一言が出て来なくて時間だけが経過する。

 他の客達からの、俺を軽蔑するような視線を感じた。気分が悪くなってしまい、俺は何も買わずに店を出る。

 もう来る事もないだろう。実質、振られたようなものだし、云わば出禁。家に帰ろう。調子に乗ると、いつもこうなるのだ。

 初めての異世界ケモ耳美少女。俺なんかよりもお似合いの、素晴らしい殿方を見つけてくれ。二兎追うものは一兎も得ず。俺はパンとセレノと、ラクリマの情報。三兎も追っていたんだな。


 今度、お詫びの手紙でも送っておこうか。あとは、今後ヴィータに買いに行ってもらうとするか……。純粋に美味しいパンばかりで、好きな味だった。

 見上げれば、〈ベーカリー・ガーデニア〉の看板。俺はゆっくりと家を目指して歩き続けた。


 一個目のラクリマをゲットしてからというもの、ちょっとだけ俺は浮かれていた。

 七分の一って、よく考えれば大きな一歩じゃね、と。

 それが二個になった。舞い上がってしまうのは無理もない。だが、自制は必要だ。何故なら俺はケモノではない。心があり、理性がある人間だからだ。こんな外見になった今でも、俺は自分の事を人間だと思っている。

 もしこのまま呪いが進行して、心も体もケモノになってしまったら……。考えたくはないが、充分に起こり得る未来だ。

 心を失くしてしまったケモノを何と呼ぶのか。答えは……ケダモノだ。


「やめやめ、楽しい事を考えよう」


 大丈夫だ。ラクリマの探索は順調だし、金もある。豪華な住居に、信頼できるメンバー。何も心配は要らない。

 そういえば、俺にとっての世紀の大発見があった。さっきの猫人族、ガーデニアちゃんのように、アロファーガにはちゃんとケモ耳美少女が居るのだ。ガブリエルを疑って悪かったと思う。

 よく考えてみればヴィータとかラフィリア、フォルテみたいに人間の容姿に近い人外娘が居るんだから、よく探せばケモ耳美少女も居るってのに……俺ったら、バカバカバカ! バカなんだから……。そうだよ、アネシスだって、そうじゃんか。身近にケモ耳美少女は居たんだ。

 うん、多分、いや絶対、浮かれている。


「……あれ?」


 自分の頭を叩いていて気付いた。はたと腕を見やる。

 俺って、こんなに毛深かったっけ。


 腕が、いつの間にか剛毛になっていた。両腕、つまり腕毛が濃くなっているのだ。亀有公園前に勤務している巡査長みたいに毛ダルマになっている。


 最近暑いから代謝が良いとか、そんなんだろうか。栄養豊富な物も食べているから、伸びたのかもしれない。段々とおっさんになってきているのかもしれない。

 全ては推測になってしまう。よく分からない。そう思い、あまり気にしなかった。

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