第四十八話 金持ちマン
「タチバナ、いつにも増してキモいわよ……!」
小さな声でラフィリアが呟く。全く失礼な奴だ。海外ではチップは習慣なんだ。そんな事も知らないのか。俺、海外行ったことないけど。
「ええやろ、別に。それより、喫茶店で何してたん?」
「たまには別のお店も良いかなって……」
ラフィリアは何やらはにかんでいた。俺から視線を逸らすと、居心地が悪そうにもじもじとしている。
トイレだろうか。小か大か知らないが、我慢は良くない。
「お、お爺ちゃんがお金をくれて。それで、普段行かない所もあちこち試してるのよ……」
そう言って、彼女は少し顔を赤らめた。
成程。ラフィリアも金に余裕があるようだ。
お爺ちゃんって事は……フォルジュの村の、あの族長か。孫娘が働く姿にお爺ちゃんはシビれてしまったのだろう。お小遣いをあげたくなる気持ちは分かる。最初はつんけんしていたけど、何だかんだ子供に甘そうだよなぁ、あの人。もしかして、ラフィリアがちょっとツンデレっぽいのは、族長譲りなのだろうか。
「一人で行かんでも。アネシスとか誘えばいいじゃん。パスタは食傷気味か?」
俺がそう言うと、彼女は苦い顔をした。俺は口に出してから、今言ったことが禁句だったと気付く。
多分、ラフィリアには友達が居ないのだ。仲の良い友達同士で出かけないのだろうかと思い、ポロッと言葉が漏れてしまったが、エルフの村では爪弾きにされていたし、タチバナハウスの面子ぐらいしか交友関係がないのではなかろうか。
そんなアネシスにも友達は居る。数少ない友人を遊びに誘ってみたら「あ、その日は用事があるからごめんね」なんてのは往々にしてある事だ。俺も友達は多くない。
「うっ……自分からは誘いづらいわね」
「気にするなよ、そんなの。忙しいわけじゃないだろうし、ラフィリアからの誘いなら嬉しいんじゃないか?」
少なくとも、俺は誘われたら嬉しいというのを、密かに付け加えておく。
注文した宇治抹茶ラテが運ばれてきたので、「メルシー」と言って受け取る。女性店員は苦笑。対面に座ったラフィリアの目は冷ややかだった。
一部始終を目の当たりにしたのだろう。微かにざわつく店内。他の客の「あれ、キメラマンじゃね?」、「ああ、キメラマン、金持ちマンになったんだ」という会話が聞こえてくる。今後は町を歩いているだけで、金持ちキメラと揶揄されそうな予感がする。……あいつら、顔、覚えたからな。
「お待たせしました。ご注文は以上でお揃いでしょうか?」
遅れて、特盛のパフェが運ばれてきた。俺はコクリと頷き、注文した宇治抹茶ラテを一口味わう。
うむ、良い味だ。甘過ぎず、苦過ぎず、上品な味わいがする。甘党のキッズには物足りないかもしれないが、俺のような渋いアダルトには丁度良い口触りである。
運ばれてきたパフェは高さが三十センチくらい。トッピングのイチゴやアイスがやけに小さく感じるのは、本体がデカすぎるからだろう。スプーンも阿保みたいにデカい。それを使って、嬉しそうにパフェを頬張るラフィリア。「んー! おいしい!」と舌鼓を打っていた。
案外子供っぽい所もあるんだよな。俺がロリコンだったら尊死しているところだ。初めて出会った時は、その素晴らしいポテンシャルに卒倒しかけたのをよく覚えている。
……さて、そろそろ本題に入ろうかな。
「ラクリマの情報を探してるんだけど、詰んでいてさ。どの種族が持っているんだろうな」
「前にも言ったけど、アタシは知らないわよ」
口の端に生クリームを付け、ラフィリアは答えた。スプーンでアイスの部分を掬って啄むと、続ける。
「そもそも、秘宝級のアイテムなのよ。七つの種族の内、五種族まで突き止めただけでも凄いわ。それを持っているだなんて、奇跡に近いんじゃない?」
確かに、言い伝えが本当であれば、そんな凄いアイテムは皆が欲しがるに違いない。だけど、実際はそうなっていない。もとより、皆その存在を知らない。
この世界の一般教養では、グランド・ラクリマという名前を知っているだけでも、かなりの情報通と言えよう。有翼人、獣人、竜人、エルフ、魚人……。物知りそうな爺さん婆さん連中も、人間、つまりヒューマンでは知っている人が皆無だった。ババ様とサモを除いて。
「あれ、でも前にお爺ちゃんがどっかの族長とラクリマの話をしてたような……」
「え? そうなの?」
「アタシもかなり小さかったから、記憶が曖昧だわ」
記憶を辿ろうとするラフィリア。だが、答えは出ない様子だ。
そういえば、族長なら色々知っているかもしれないな。今度聞いてみるべきだろう。また何か交換条件を突きつけられるかもしれないが……年配者の知識量というのは侮れない。どころか、エルフは長寿の生き物だ。聞いてみるだけの価値はある。
「そろそろ、かな」
俺は携帯電話を取り出すと、画面の時計を見やった。時刻は十二時。
「え、タチバナ、もう帰るの?」
「ああ、今世紀最大のイベントがあるんでな」
またな、と言い残して、俺はテーブルにあった会計伝票を拾い上げる。ラフィリアには些か淋しい思いをさせてしまうかもしれないが、悲しいかな。この後、特別なイベントがあるんだ。ああ、なんて罪な男なんだ、俺は。
レジで会計を済ませ(ついでにチップを払い)、俺はエクセリオンカフェを後にする。店の扉をくぐると、生暖かい風が吹きつけた。
向かうはアサーガ町の一角。近づくにつれ、香ばしい匂いが鼻腔をくすぐった。
え? 一大イベントって何かって?
とあるケモ耳娘が、この時間、とあるパン屋でアルバイトのシフトに入っているというタレコミがあった。もうすぐその時間になるのだ。
まぁ、既に何度か調査はしているのだが、あのパン屋、あそこにはまだ何かある……気がしてならない。俺のゴーストがそう囁く。
相手は獣人。ラクリマについての有益な情報が手に入るかもしれない。だから、行く。決してやましい気持ちはない。




