第四十四話 幕間、天界が抱える諸問題
1年ぶりの投稿です。
ここは天界。
一対の机と椅子だけがある空間だ。周囲は靄に包まれていて、奥行きが感じられない。唯一の机と椅子すら、まるで雲で出来ているかのように、未知の材質である。白色のそれは柔らかそうであるが、天使が座っても凹む事はなかった。
座っているのは天使である。白い装束に身を包み、仄かに後光が差している。柔和な目を持ち、長い黒髪は艶やかである。座しているだけだが、佇まいからは気品が溢れていた。
そこへ一人の天使が現れ、息も絶え絶えに伝える。
「て、天使長様、大変です!」
「落ち着きなさい。一体何が起きたと言うのです」
天使長と呼ばれたのは、椅子に座している方の天使だ。今しがた現れた天使と比べ体が大きかった。
鎮座したまま微動だにしない。手元にある紙面を見ているが、報告には耳を傾けているようだ。小さい方の天使は呼吸を整えると、片膝を着いて、天使長に頭を垂れた。
「は、はい! あの、エルフが働き始めたようです――」
小さな天使がそう告げると、天使長の眉がピクリと動いた。
「――転生者一行が労働の大切さ、尊さを教えた所、理解を示したそうです!
尚、転生者は五千万ターラでエルフのグランド・ラクリマを買い取ったとの事!」
「それは本当ですか?」
天使長が眉間に皺を寄せた。小さな天使へと向き直ると、頬に手を当て、何やら考え込んでいるようだった。
持っていた資料を光の粒に変え、今度は何もない空間から別の資料を取り出す。
(労働を拒んでいたあのエルフが働き出した、ですか。しかもラクリマを……?)
手元の資料には転生者の顔、名前、それから今回の出来事の経緯が文章で映し出されていた。
件の報告は、実際にこの小さな天使が見て回った、確かなものだ。信用に足る内容だろう。
「このお方は……成程」
天使長は手元の資料を睨めた。見覚えのある人物だった。
タチバナ・ジン。長年抱えていたエルフの就労問題に終止符を打った男。
(転生者の身でありながら、アロファーガに貢献してくれている。
お次は何をしてくださるのか楽しみですね)
アロファーガには多くの人間、動物、人外が暮らしを営んでいる。一つの大きなコミュニティに変わりはない。諍いもあれば、問題も起きる。
近年、エルフは働く事を嫌がった。天界でもその状況は把握していたが、解決への道のりは遠かった。長い時を生きたエルフの価値観を変える事は出来ない。歳を取れば取る程、頑固になってしまい、過去の経験や知識で物事を考えてしまうからだ。そこに新しい情報がインプットされる余地はない。
また、天使は彼らに直接的な干渉が出来なかった。これには理由がある。
天使には異能がある。断罪、転生の他、監視や保全などを担うのだが、これらの為だけに異能を行使する。数多くの能力を操り、世界を創り変える程の能力を持つが、それ故、力の発現はタブーとされていた。
先に挙げた業務において必要な能力であれば問題ないが、大きすぎる力が為に、勝手な使用は禁じられているのだ。尤も、特別な権限があれば、異能を使用する事は認められている。
ありとあらゆる世界線に出没する天使達だが、基本的に彼らは決して干渉しない。干渉してはならない、と先代から決められているのだ。
しかし、稀にこれを破る者が現れる。私利私欲の為に用いる者や、武威を誇示する者。それらは天使長の手によって、全て存在ごと抹消されていた。
勿論、アロファーガの監視、保全も担っている。こっそりとアロファーガに赴いては、現地の調査をする。必要に応じて、上級の天使に報告や相談をするのは大切な任務だ。
「おや?」
天使長は資料の一部を訝しげに見つめていた。転生者の死因の項目である。魔法によって改竄された痕跡があった。
(これは、恐ろしく巧妙な手口ですね……私でなければ見落としていたでしょう)
「解放!」
素早く魔法を唱える天使長。すると、資料から白煙が上がる。文字が消え、真実が露になった。
「タチバナ・ジンは未だ……成程。ガブリエル。仏の顔は三度までと言いますが、このミカエルに三度目はありません」
彼女――天使長ミカエルは、正義を執行する。天界の平和、世界線の調和の為であれば、殺戮すら厭わない最強の天使。
彼女は椅子から立ち上がると、眩い光と共に姿を晦ました。




