第三十九話 塚さん
差し当たっては昼食だ。折角の新天地だから、フィガの名物でもあればいいのだけど。
俺は携帯電話の音声認識をオン。マイクに向かって話しかける。
「オーケー、シリー、フィガのおすすめランチは?」
『ニンシキ、デキマセンデシタ』
何でだよ使えねーな。じゃあいいよ、自分で探すから。
『〈ツカ・エネーナ〉、コノ先、五十メートル、デス』
どこだよ、それは。
画面を見ると、飲食店のようだった。レストラン〈ツカ・エネーナ〉……? 値段もリーズナブルで、現在営業中。マスターの名前が塚さん、と。
評価は……悪くはないが、良くもない。星三つ、と。
一応、フィガの町のおススメを携帯電話のネットで調べてみた。が、特にはないようだ。昼間の往来が少なく、飲食店なんかは儲からないのかな。
俺はツカ・エネーナとやらを見つけると、早速入ってみた。腹が満たせればどこでもいいか、ぐらいの心境である。
アンティークな喫茶店で、内部はオリエンタルめのデザインだ。テーブルや椅子にも店主の拘りが感じられる。カウンター席の他にソファが設えられており、ゆったりと座りながら心地よい時間を過ごせそうだ。
「お好きな席へ……」
店主と思われる男性に案内された。塚さんだ。頭部を剥げ散らかした中高年で、その顔には苦労が滲み出ている。他に従業員は見当たらない。
俺は折角なので、とソファ席に座る。窓からの眺めも良好で、快適な空間だと思った。のだが、昼時なのに客入りは芳しくない。……というか、俺だけだ。閑古鳥が鳴いているといっていいだろう。
「俺、アサーガから来たんですけど。この町はあんまり人が居ない感じですかね」
それとなく聞いてみる。塚さんは冷水の入ったコップを置くと、切ない表情で語った。
「この辺も最近は物騒になりましてねぇ。人が離れていってしまったんです。……巨人族が近くに越してきましてね。本人達は悪気がないんでしょうが、こちらとしては一挙一動が致命的といいますか……」
「それは災難ですね」
なるほど、巨人族ね。確かに大きいから、不注意で家を踏んずけてしまったり、物を破壊してしまったりしそうだ。
物騒といっても刃傷沙汰のようなものではないみたいだ。ただ、実際の話、家の近所に住んでいたら俺はスゲェ嫌だ。
「そんなんですから、皆引っ越しちゃいまして……私もそろそろ店を畳もうかな、と。潮時ですかね……」
塚さんは遠い目をしつつ、注文を尋ねる。
何というか、凄い大変な状況にあるようだな。この町も、この店も。フェイチキ二号店の設立も、ちょっと待ったと言わざるを得ない。
俺はナポリタンとツカ・パフェとやらを注文する。そうして最初に出てきたのは、食欲をそそるバーントオレンジ色のナポリタン。
一口食べると旨味が広がる。トマトやケチャップの酸味は絶妙なバランスだ。そして仄かに香るのは柑橘系の風味だった。それが油のヘビーさを中和しており、どれだけ食べても、飽きの来ないテイストに仕上げていた。店側の企業努力が知れる逸品だった。
これは……うまい、うまいぞ。これだけ美味いのに、客が全然入っていないのは悲しい。
ナポリタンを食べ終えると、パフェがタイミングを見計らったように出てきた。客である俺の事をよく見ているようだ。
パフェは全長三十センチはあろうかという巨大なサイズで、切り揃えられたバナナ、イチゴ。これでもかとふんだんに使用された生クリーム。更にその上からチョコレートを豪快にぶっかけた至高の品だ。甘党が知ったら病み付きになる事間違いなし。そんな見た目だった。
「塚さん、うまい! うまいですよ、これは!」
お世辞ではない。純粋にそう思った。俺がそう伝えると、塚さんは照れ臭そうに笑った。
財布にも優しい特大パフェ。一口食べて、もうスプーンが止まらない。俺はそれを一気に平らげると、悟りを開いたような心境になった……のだが、異変は突如訪れた。
遠くからズシン、ズシンという振動が聞こえてきた。地震かと思っていると、鼓膜が破れるような轟音が店に響き渡った。あまりの爆音に意識がブラックアウトしかける。そして刹那、俺の背後から爆風が吹き荒れた。
持っていたスプーンがどこかに飛ばされ、体がソファごと浮かび上がった。窓ガラスが全て割れ、大爆発が起きたかのような錯覚を抱く。
……何が起きたのか全く理解できなかった。
見上げると……青空だ。屋根がなくなっている。後ろを振り返ると……瓦礫の山。そして、下敷きになっているのは塚さんだ。
「つ、つつ……塚さーーーーん!!!!」
と、瓦礫の奥の景色。風景が動いた。今まで背景だと思っていた部分が、生物のようだった。それは……尻? 煮卵のようなプリッとした二つの半球は徐に上昇していく。
尻だけの巨大生物が出現して店を圧し潰したのかと思ったが、そうではなかった。
「ご、ごめんなのだ! 転んでしまったのだ!!」
そう呟いたのは巨人だった。巨人がツカ・エネーナを粉砕したのだ。
際どいファッションに身を包んだ、外見は若い人間の女性の生き物だった。すぐさま俺の脳裏に「巨女」というワードが浮かび上がる。燃えるような赤髪、そして体の大きさに見合わない、あどけない顔。人外フェチの俺としてはとても気になる。
だが、巨女は陳謝すると、逃げるように去って行ってしまう。俺はその背中を見て、身震いした。……転倒した場所が後少しずれていたら、死んでいたかもしれない……。巨女の上にドジっ娘属性……これは人間からしたら溜まりませんな。
「私の、店が……」
見れば、塚さんが瓦礫の山から自力で這い出ようとしていた。だが体が抜けないらしく、俺は塚さんの腕を引っ張る。
「ソファ、テーブル、ラティス……私の拘り抜いたインテリア……ううっ」
「塚さん……」
塚さんはしくしく泣くと、腕で涙を拭った。塚さんがこの店にかけている情熱、努力。それらは料理を一口食べて分かっていた。だからこそあまりにも不憫で、かける言葉が見つからない。
「……いいんです、いい機会ですよ。廃業はずっと考えていましたから……」
塚さんは立ち上がると、ポケットからハンカチを出して言った。
そう聞いた俺は、自分の中で考えていた案が決意へと変わる。……この人になら、任せられるのではないか。
「塚さん、俺……実は今、フェイチキっていう食品を販売していて、フィガの店に出店しようとしてるんです」
「フェイチキ……知ってますよ。タチバナ印のフェイバリットチキンでしたね……もしかして、あなたが!?」
俺が当人だと知り、塚さんは驚いた。そして、もしこのツカ・エネーナを続けないのであれば、二号店の店長をやってくれませんかと尋ねると、二つ返事で了承してくれた。
これでフィガの町でサービスを展開出来れば、販路も広がるな。エルフのラクリマ、その交換条件の五千万ターラに一歩近づくというわけだ。客足は少ないようだけど、ハーピィ便の拠点になれば心強い。巨人族が爆買いしてくれるかも、という淡い期待もある。
が……その前に、ナポリタンとパフェの代金を支払う。大事故でうやむやになる可能性があったので、忘れないうちに払っておいた。
「ところで、これ……お金は大丈夫なんですかね」
更地になった喫茶店を俺は見渡す。物凄い被害額なのではなかろうか。訊くのも憚られるが、ポロリと口をついで出てしまった。
「ええ、大丈夫です。色々保険に入ってますから」
そう告げる塚さんの声色は明るい。
そういえば……飲食店だと色々と保険に加入するべきなんだっけ。火を扱うから猶更、火災や爆発に備えて店舗総合保険とか、食中毒が起きてしまった場合の賠償保険といった感じに加入しておいた方が無難である。勿論、タチバナ印のフェイバリットチキンの本店(という事になっている俺の庭先)は、保険に加入している。
そう、だから万が一、俺の家が全焼したり爆散したりしても大丈夫なのだ。
俺はフィガの町で確かな手応えを感じ、アサーガへと戻る。




