第三十六話 イヴォリ兄妹
翌朝、転生者支援協会に助力を請いつつ、俺はアロファーガで開業した。無料で作れるネットショップを開拓し、SNSでも宣伝していった。
タチバナ印のフェイバリットチキンとして出品、現地販売として自宅の庭でサービス展開を開始する。
最初は近所の口コミ程度だったが、着々と客数が伸びていった。
確実な味わい、堅実な価格設定に徐々に人々へと浸透していく。そして開業から数日、とうとうその瞬間は訪れたのだ。――バカ売れである。
朝は主婦が買い物ついでに、昼はOLがお昼ご飯に、夕方は帰宅する学生と会社員が、フェイバリットチキンを求めて足を運んだ。
「フェイチキください!」「フェイチキひとつ!」と、まるで生者に群がるゾンビのように、開店から閉店まで人の波が押し寄せる。人手が足りなくなった俺は、偶然暇そうにしていたラフィリアを「賃金は出すから」と確保し、強引に人員を補充した。売り上げは鰻上りであった。
「タッチー、好評です。良かったですね。もぐもぐ」
「タチバナ、アタシ……そろそろこの仕事辞めたいんだけど……」
「いや、まだだ……まだイケるで」
売れ残ったフェイチキを貪るヴィータ。既に疲労の色が濃く見え始めているラフィリア。彼らを無視し、閉店後のタチバナハウスで俺は黙々と戦略を企てていた。
既に手一杯だ。注文も殺到していた。だが、俺は先を見据えていた。
販路を拡大する為、今度はハーピィ便と契約を行った。アサーガと隣接する地域限定でデリバリーサービスをも開始したのだ。これがまた爆発的ヒットで、近隣において好評を博していく。ハーピィ便との個人契約はセイレーンのフォルテを通して締結。ある時は疲労と、ある時はハーピィ便のトラブルと、またある時はつまい食いする竜人と闘いながら、日々は過ぎていった。
「一個売って三ターラ儲けるとして、一日千食売ったら三千ターラ。ハーピィ便がこんだけ売れているから……」
電卓で計算してみると、数十年後には五千万ターラが貯まるようだった。これならばエルフのラクリマも正攻法で譲ってもらえる。元々不可能だった金額に手が届いていた。自分で言うのも何だが、これは凄い進歩である。
だが……時間が掛かるな。数十年か。しかもこれは、毎日休みなく働いた場合の計算だ。他のラクリマの探索もしなければならない。店を誰かに任せておければベストなんだがな。
翌日、いつものようにフェイチキを売っていると、見知った顔がやってきた。列に紛れてやってきったのは毛むくじゃらにパンツ一丁の狼男。バーで会った狼人族だった。
「い、いらっしゃいませ」
久しぶりの再会である。何度か追われた事もあって、俺は警戒する。
すると、オオカミさんはフェイチキを一つ注文した。俺はお金を貰い、ぎこちないスマイルで商品を手渡す。受け取った彼はくんくんと匂いを嗅ぐと、鋭い牙でフェイチキにがぶりと噛みついた。
「成程な、こいつはうめーや。うん、うん……」
口の周りを肉汁で濡らしながら、何やら唸っていた。
このオオカミさんは純粋に客として訪れたのだろうか。それならばいいのだが……。
「キメラの兄ちゃん、こんな所で店を出していたんだな。へぇ……ところで」
オオカミさんは物の数秒でチキンを平らげると、俺の顔を見やる。猛烈に嫌な予感がした。
「一口でいいから、な? いいだろ? ……な!?」
「お、おおお客様、困りますぅ!!」
口を大きく開けて俺に飛び掛かるオオカミさん。俺の体をまだ諦めていないようだ。俺なんて、こいつからすれば同じ鶏肉なのだろうか。……違う、俺は人間だ。
脱兎の如く飛び出すと、俺は庭をぐるぐると駆け回った。それを執拗に追いかけてくるオオカミさん。フェイチキを買いに来た周囲の来客が不安げな面持ちでこちらを見ていた。
逃げ惑うキメラ、迫り来る狼人。引き気味の売り子のラフィリア、ここぞとばかりにフェイチキを摘まみ食いするヴィータ。そんな追走劇の最中、甲高い声が響いた。
「兄さん、やめて!」
聞こえたのは女性の声だった。見れば、可愛らしいワンピース姿の女の子だ。灰褐色の髪は編んであり、その天辺からは獣の耳がピンと生えている。スカートの裾からは灰色のモフモフ尻尾が顔を出していた。
……ケモ耳美少女や!
長年俺が追い求めていた。会えないと思っていたが……!
しかしどうやら、ケモ耳娘はかなり怒っているようだ。尻尾の毛は逆立ち、威嚇している猫のようだった。ケモ耳美少女は眉を吊り上げると、がなり立てる。
「あたし、兄さんのせいで恥ずかしくて生きていけない!」
「アネシス……俺は、別に……」
怒鳴られたオオカミさんは愕然とした様子で言葉を漏らした。俺への追撃が止まる。
それからケモ耳娘はオオカミさんに近づくと、頬に思い切りビンタを食らわせた。バチン、と大きな音がこだまする。オオカミさんの耳がシュンと垂れ下がった。
騒ぎを聞きつけた近隣住人が集まり、ヒソヒソと何かを話し合っている。「痴話ゲンカ」とか「痴情のもつれ」とか、妙なワードが聞こえてきた。
……店の近くではやめてほしいのだが、えーと、とりあえず俺は助かったって事でいいのかな。
あと、見た目によらず、このケモ耳娘はワイルドなのね……。
兄さんって言った? ……もしかしてこの娘はオオカミさんの義妹みたいなものなのだろうか。
俺は喧嘩の仲裁に入ると、ケモ耳娘を諭した。
「えーと、ありがとう。君は?」
「妹です。兄がご迷惑をおかけしました」
俺が礼を述べると、ケモ耳娘は申し訳なさそうに言った。眉を八の字にし、困ったような表情を浮かべる。
やっぱり兄弟のようだ。
「ああ、そいつはオレの従兄妹だ」
頬を擦りながら、今度はオオカミさんが答えた。先程までの元気はない。
従兄妹という事は、血は繋がっているって事だよな? ……という事は、このハーフパンツの狼とケモ耳美少女が親戚って事? どう見ても異種族なんだけど……。
オオカミさんに紹介された妹が会釈する。
「アネシス・イヴォリです」
「ああ、はぁ、どうも……タチバナです」
間近で見れば、素晴らしいケモ耳美少女だ。歳は十代後半ぐらいだろうか。ラフィリアよりも少し年上にも見えるが……ラフィリアはエルフだしな。年齢は分からない。アネシスは愛嬌のある顔で、耳がぴくぴくと動いていた。尻尾もさっきと違って垂れ下がっている。鋭い眼光と牙を持っているが、フサフサの尻尾はモフりたい衝動に駆られる。
頬を気にしながら黙り込んでいたオオカミさんだったが、咎めるようにアネシスに睨まれて口を開いた。
「……遅くなっちまったが、オレはエーティカ・イヴォリだ」
アネシスとエーティカ、兄弟か。同じ苗字だな。
「だいぶ見た目が違うようだけど……二人って本当に兄弟?」
「通常、獣人は人間に近い見た目をしているんだが、たまーに俺みたく、獣に近い形で生まれてくる個体がある。〈先祖返り〉だっていうヤツも居るが、オレにはわからねぇ」
エーティカこと、オオカミさんが説明してくれた。
ふむ、つまり本来はアネシスみたいなのが一般的な見た目で、エーティカのような個体は稀だという事か。
先祖返り……まだまだ知らない何かがこの世界にはあるようだ。
「ほら、タチバナさんにも謝って。兄さんはジャレているだけ。人間を襲う気なんて、ないんですよ」
「いや、オレはただ、その……鶏肉が好きだからよ」
アネシスに言われ、エーティカはスマン、と呟いた。顔が少し紅潮しているように思えたが、毛に覆われていてよく分からない。
照れ隠しで言っているのか、それとも本心で言っているのかは分からない。
ともあれ、エーティカのような大型の獣人に追われるのは嫌だ。無害と分かった今でも、ちょっと怖い。
今後噛みつかれたり、追いかけられたりという事がないのなら良いが……野生動物の習性だろうか。俺が走って逃げると、追いかけたくなるのかもしれない。
そういえば、バーに居た吸血鬼も俺の事を狙っていたよな? 最近見ないけど……もしかしたら吸血鬼は夜型だから、出くわさないのかも。
一時、命を狙われるなら別の町に移ろうかと考えていた時期があった。フィガという町があると、転生者支援協会のお姉さんが言っていたっけ。そこには俺と同じで転生者が居た筈だ。アサーガからフィガに移る事を視野に入れていた。
いずれにせよ、このままフェイチキ販売をずっと続ける訳には行かないのだが……ちょっと待てよ。良いアイデアが思い浮かんだ。
「二人のどっちでもいいんだけど、バイトとか探してない?」
「それならアネシス、お前、探していたよな?」
「え、うん」
「マジで? そしたらウチで働かない? 大丈夫、お金はちゃんと出してるよ」
ラクリマを探索したいし、店を誰かに任せたいと思っていた。本当は毎日働いてくれる人が居ればいいけど、現状アルバイトでも十分だ。自分の家の庭先で店を出しているのだから、たまに顔を出せばいいし。
従業員には休日も設けて、ラフィリアとアネシス、交代で任せればいいだろう。あの二人なら売り子として適任だ。エルフと狼人族の美少女……鉄壁のコンビと言って差し支えない。
原材料の調達と調理は俺がやって、冷凍して在庫を持っておけばいい。お客さんに出す時は、油で揚げ直す。
……となると、少し調理工程に改良が必要だな。




