第三十五話 ファ〇チキ
相変わらず不定期更新です。
俺は朱色の球体を眺めてうっとりしていた。記念すべき一個目のラクリマ。セイレーンの族長、つまりフォルテの父親から譲り受けた玉石だ。見れば見るほど、その透き通った外観は神秘的である。
材質はなんだろうか。とても固いけど、落としても割れるような触感ではない。重さは一キログラム程だろう。
テーブルに置かれたラクリマには、覗き込んだ俺の顔が映っていた。
「はぁ~、癒されるわ~」
「タッチー、なんだか気持ち悪いですー」
ヴィータは小一時間、玉に頬擦りする男の姿に嫌悪感を催していた。
夕方に帰宅した俺だったが、先に帰ってきていたヴィータに勇んで昼間の出来事を話した。そうして、ようやく手に入れたぞ、と宣言する。
と、最初は彼女も喜んでいた。だが程なくして、彼女は夕飯に夢中になってしまった。花より団子なのかもしれない。
所詮、七つ集めなければ意味がない。そう理解しての判断なのかもしれない。それは俺も理解している。だが、今はこの感動に浸っていたかった。
「そういうヴィータは大食いチャレンジ、どうだったの?」
「勝ったですよー? 勝ったですけどー……」
ヴィータは夕飯のおかずをフォークでブスッと刺すと、沈んだ声で言う。
「食べていると後ろで『スーパールーキーのお出ましだァ!』とか『ヒュー、熱いぜ嬢ちゃん!』とか、町の人達がうるさくて――」
まぁ、余興みたいなものだからね。見物客も居るんだろう。ましてや挑戦者が華奢な少女だったら、耳目を集める。野次馬も湧くというものだ。
……それにしても盛り上がっているな。「ヒュー、熱いぜ!」なんて現実で言う奴、本当に居るんだ。
「――それで、もう来ないでくれって言われたですー」
「ええッ!? 貴重な収入源が……!」
出禁ですー、と付け加えるヴィータ。
彼女曰く、周りの人達がうるさいから出禁になってしまったみたいな事を言っているけど……それは、多分大食いチャレンジにおいて、彼女が強すぎるからではないだろうか。出来レースになってしまうし、毎回店側も大損なわけだし。それで出入り禁止を食らっているのではなかろうか。……店主にはちょっと同情できる。
ヴィータはポケットから百ターラ程を取り出すと、テーブルに置いた。そして力無げに食卓へと顔を突っ伏す。
胃袋バカのヴィータには天職だと思ったんだけどなぁ。とんだ誤算だったな。
ところで、優勝賞金は五百ターラじゃなかったっけ。四百ターラ足りないんだが……。
こうなると……俺がまた一計を案じる必要がありそうだな。
「やれやれ……この日が来た、という事か」
俺は芝居染みたリアクションで溜息を吐くと、立ち上がる。思い立ったが吉日。俺は台所へ向かった。そして冷蔵庫を開け放ち、買い置きしてあった鳥肉やら調味料やらを取り出す。
まず鶏肉をハサミで切る。そしたらボウルに入れて、塩、ホワイトペッパー、ガーリックパウダー、オニオンパウダー、それからバジル、オレガノ等のスパイスで揉む。
次に醤油を投入してまた揉んで、放置。……アロファーガの醤油が日本と同じものかどうかは、この際置いておく。
「これは何です?」
ヴィータが尋ねる。普段やらないような調理方法に興味津々のようだ。今は肉に下味をつけている工程だな。
「昔働いてた職場の、売れ筋ホットスナック」
……を再現しようとしている。正確に言えばだけど。訊いたヴィータは首を傾げていた。
ホットスナックっていうのはコンビニのレジ横で売っている揚げ物の事だ。俺は、今からそれを作ろうとしている。
だけど、店員がやるのは『袋から出して、什器で揚げる』だけなので、材料や味付けの詳しいレシピまでは知らない。什器だって、タイマー付きで自動調理だし。納品で届く時には、既に調理されている。
だが……俺には分かる。
何度も食べたあの味が、何度も味わった俺の舌が囁くのだ。――レシピはこうだ、と。
俺は鶏肉が水っぽくならないように水気を切りつつ、今度は小麦粉と米粉をぶっかけ、コーンフラワーを追加して、溶き卵にくぐらせる。
油は百七十度から百八十度になるよう調整して五分程揚げた。ジュワ~という音を立てて、油が跳ねた。
で、四分くらいか。放置してから、二度揚げを行う。
「良い匂いですー」
涎を垂らしたヴィータが鍋を触ろうとしたので注意した。高温の油が入っているので危険だ。まぁ、竜人なら平気なのかもしれないけど。
油をよく切って、キッチンペーパーを敷いた皿の上に、アツアツの揚げ鳥を装う。それを数分余熱で調理して、少し冷ました。
「出来た!」
「おおー、美味しそうですー!」
「名付けてファミリーチキン……いや、フェイバリットチキンや」
今回は試食なので、量は少なめである。まず一口、自分で食べてみる。その後ヴィータに食わせてみた。
口に入れると、鮮烈な味わいだった。サクっとした衣の中から溢れ出るジューシーな肉汁。肉の旨味、スパイス、それらが油と熱によって引き立てられ、鼻腔を突き抜けた。
「タッチー、これは激ヤバですよ! バケツでイケますです!」
「ああ、明日からはこれを売り出すぞ! あとバケツで食うな。胃がもたれるぞ!」
試作段階ではあるが、はっきり言っておく。これは流行る。地球の日本の文化も少なくないアロファーガだが、何も全てが同じなわけではない。特にコンビニ業界は未発達のようで、そこに俺は目を付けた。アサーガのコンビニは夜には閉まる。それが気になり、この前ふらりと立ち寄ってみた。だが、地球と比べて品揃えは劣っていたし、個人商店のような有様だった。いや……もしかすれば、個人商店であり、フランチャイズ契約ではないのかもしれない。
この日の唐揚げパーティ、否、フェイチキパーティはとりあえずお開きとなった。
夜、ババ様にメールを送っておく。無事にラクリマをゲットした報告だ。俺は「ラクリマ、ゲットしました」と打って送信する。ついでに画像付きで送っておいた。すると、すぐさま返信が返ってきた。本文には一行だけ、短く書かれていた。
〈――本当にあったのかい?〉
あのババァ……。
俺は不愉快な気持ちのまま、眠りに就いた。




