第二十九話 異世界カレー
「ちょっと、何でこいつがあんたの家に居るのよ!!」
意気消沈して帰宅すると、少女の喧しい声が聞こえてきた。敷地内からだ。声の方をみやると、見知った顔の少女エルフが居た。金髪ショートカット。主張が控えめな胸。ラフィリア・フォルジュ・ヴァン……なんとかだ。長くて覚えられないんだよね。最初会った時は大人びた印象だったが、俺の中ではもう完全にツンデレのような存在に成り下がっている。
と、冷ややかな視線でラフィリアがこちらを見てきた。
「……今、ムネ見てなかった?」
「いえ、記憶にございません」
悪事が露見し、窮地に立たされた政治家の記者会見のようにキッパリと否定する俺。
しかし、何故ラフィリアが自宅に居るのだろうか。エルフの村に忘れ物でもしたっけ。
「まぁいいわ! それよりアレよ、アレ!」
そう言って指差す方向にはヴィータが居た。ヴィータは皿に装った何かをスプーンでもさもさと食べながら、玄関から出てきた。「あ、タッチー」と言いつつ、スプーンをぺろりと舐める。
確か……我が家の食事事情は許可制になっていて、俺の許可無く家の食糧には手を出していけない筈なのだが……あいつは何を食っているのだろうか。
「アタシを襲った竜人が、何でここに居るのかって!」
「え? ああー、その、あれね……あの娘ね……うん、えーっとね……」
顔を真っ赤にして怒るラフィリア。ヴィータは現状を飲み込めていないようで、頭に疑問符を浮かべていた。バカというのは怖いな。そして、何とも羨ましい。
ヴィータと同棲している事が、どうやらバレてしまったらしい。というか、何で俺がここに住んでいるって知っているんだ。
「その前に聞きたいんだけど、ラフィリアは何でここに?」
「アタシはその、タチバナが借金地獄になって……今頃、その、どうしているのかなって……別に心配とかじゃないんだけど……」
ラフィリアは視線を地面に這わせ、もぞもぞと短パンの裾を掴んでいた。小便だろうか。トイレなら貸してもいい。
俺が何故、家の場所を知っているのか問うと「町の人に聞いたら教えてもらえたけど」と答えた。
……そういえば〈キメラマン〉っていう名前で有名なんだっけ、俺。あんまり言われなくなったから忘れていたけど、全くもって不本意だ。
ついでに言うと俺は知っているぞ。最近、住民の間で俺の家が「キメラ御殿」と囁かれているのを。
それで、とラフィリアに訊かれて、俺は回答に困った。一緒に住んでいるのは隠せない。住所もバレている。ヴィータが襲ったという実情もある。そうなると、事実を脚色して、情に訴えるという手法がベターではなかろうか。
「実はあの娘、孤児でさ……身寄りがないから俺が拾ったんだ。だけど歪んだ教育のせいで、たまに人を襲ったりするんだ」
この間の件は俺の監督不行届きさ、ゴメン、と釈明すると、ラフィリアは切なそうな表情を浮かべていた。……チョロい。
立ち話するのもどうかと思い(あと、騒ぎを聞きつけた周囲の人間が集まり出したので)ラフィリアも家へと招き入れる。時刻は夕方四時。夕飯の準備でも始めれば、丁度良い頃合になる。
メシでも食ってけ、と誘うと、ラフィリアは少しの逡巡を見せた後、寄っていく事になった。
夕飯はカレーだ。誰かが訪ねて来た時、定番は鍋かカレーだからだ。異論は認めない。エルフはカレーを食べるのか事前に尋ねると、たまに食べるようだった。ヴィータには聞かなかった。あいつは何でも食べるからな。
レシピをネットで調べて、鍋に油を引く。そこに適当に切った異世界の野菜と肉をぶち込んでいく。と、ここで重大な事実に気付く。米がなかった。しかも我が家には炊飯器がない。
どうしようかと考えていた所、ちょっと目を離した隙にヴィータが固形のルウを食べていた。その様子を見て、ラフィリアはかなり引いているようだった。
気を取り直し、水を入れて鍋を沸騰させる。アクを取りつつ、ルウを入れて煮込む。その間に、電子レンジでパスタを茹でる事にした。
暫くして茹で上がったにパスタにカレーをかけて完成。良い匂いが立ち込めると、ヴィータが一番乗りで着席する。
「いただきますですー!」
「いただきまーす」
「じゃあ……アタシも」
三人で食卓を囲っての夕飯、カレーパスタ。躊躇っていたラフィリアも、一口食べて安心したようだった。確かに、カレーパスタは一般的なメニューではないのかもしれない。
目分量だが、最初にしては中々の出来ではなかろうか。ちょっととろみが少ないけど、味はカレーだ。
「それで、五千万は集まりそうなの?」
カレーパスタを口に運びながら、ラフィリアが聞いた。俺が「全然」と答えると、深い溜息を吐く。呆れているようだ。
「ところで、ヴィータ、大食いチャレンジはどうなった?」
「あ、そうでした――」
そう零すと、ヴィータはポケットから何かを取り出す。硬貨である。それをテーブルの上に並べて、誇らしげに笑みを浮かべた。
「優勝したですよ。五百ターラ、ゲットですー!」
おお、凄い。流石である。大食いチャレンジに参加してその後、普通に夕飯を食べているのが怖いが、今回ばかりは頼もしい。だが……。
「二百ターラしかないわよ?」
「え?」
ラフィリアに言われ、数えてみる。すると……おや、確かにそうだ。三百ターラ足りない。優勝賞金は五百ターラだった筈だ。
俺とラフィリアが問い詰めるようにヴィータを睨んでいると、観念したのか彼女は口を割った。
「じ、実は優勝した後、そのお店でおかわりしちゃったです……」
照れくさそうに語るヴィータ。という事は何か? 賞金はその店で使ってきたって事か? 店側からすれば仏様のような客だけど!
こいつ、胃袋も思考もイカれていやがる。いや……フードファイターの鏡とも言えるな。
それに、オヤツ代は自分で稼げ、と言ったのは俺だ。彼女に非はない、か。
俺は、今後は何割かを家に収めさせる方向で行こうと決めた。




