第二十七話 爆乳のアスタ
「面白いモノを見せてもらった礼だ。好きなもんを頼め」
「え、いいんですか?」
そう言うと、彼女は体を密着させるように自分の注文を頼む。互いの体が触れるくらいの距離だった。良い匂いがした。
見ず知らずの女性だが、奢ってくれるというのだ。好意に甘えるとしよう。俺はパニーニとアップルパイを追加で頼んだ。
そうして受け取り、席へと向かう。不思議な事に、さっきまでたくさん居た客が、一人も居なくなっていた。
訝しく思いつつ俺が座席に腰を下ろすと、正面に人外女性がよっこらせ、と座る。
「どっかで会いましたっけ?」
「いや、初めてであるな。名前は何と申す?」
「タチバナです。あなたは、というか何故?」
何故奢ってくれるのか。それが疑問だった。記憶にはないが、何処かで会っているのかもしれない。色々と気になるのだが、俺が訊くと優雅にコーヒーを飲みながら彼女は答えた。
「ああ~良い良い、ほんの気紛れでな。名前は……そうだな、アスタ姉さんとでも呼んでおくれ」
アスタ、と名乗った女性は俺が食べる姿をニンマリとした顔で眺めていた。
パニーニとやらはサンドイッチみたいなもので、パン生地に肉や野菜が挟まれていた。重くなく、しかしボリュームは中々にあり、昼食には丁度良いかもしれない。味の方も申し分なかった。
関西に住んでた頃、頼んでもいないのに食料を分けてくれるおばちゃんとか、酔っ払って訳も分からず奢ってくれるおっさんとかが居た。目の前の女性も、そういう類なのだろうか。外見は美少女……というか美人で、年齢は不詳だけど。結構歳が行っているのかも。
どっかで俺の境遇を知って、同情してくれたのかもしれないな。
アスタはテーブルに肘を突いて、不気味とも取れる笑顔でこちらを観察していた。俺はラテを飲み干すと、一息つく。そして思案してみた。
……これって恩を押し売りして、話を断りづらくさせるやり口じゃないだろうか。
「さて、と。それじゃ俺は用事があるので……」
不安になってきた俺は立ち上がった。和田君に会うという用事もあるわけだし、お暇させてもらおう。アスタ姉さん、ご馳走様でした、と述べて店から足早に去ろうとした。
「待て待て、待つのだ!」
……のだが、擦れ違い様に服を引っ張られてしまう。女性とは思えない程の腕力だった。危うく服が破れる所だ。これから国王に謁見するというのに、半裸で会うわけには行かない。そんな事態は回避しなければ……。
「な、何でしょ? お金なら持ってないですよ!」
「そうではなくてな。人間のタチバナよ、我の仲間にならないか?」
ほら、来たよ。勧誘だよ、これ。
恩を着せといて、更に巧妙な話術で契約とか入会させられるんだよ。
俺が言い淀んでいると、アスタは更に続けた。
「悪の……えーっと、だな。わる……働く所だ。貴様のような人材を我らは欲している」
サブリミナル効果みたいに、合間合間に危険な言葉が紛れていた気がする。一層心配になってきたが、労働する場所なのだろうか。金には困っているけど……。不審さしか感じない。
「か、会社みたいなものですか? 仕事は探してますけど……」
「うむ、そうだ、会社みたいなものだな」
怪しい団体や宗教勧誘ではないぞ、と付け足す。椅子から立ち上がると俺の背後に回り、肩を掴んだ。そして、「どうだ?」と一言。どうだと言われても……職種も給与も社名すらも分からんのだが。ましてや仕事であるかも疑問が残る。
巨乳美女によるボディタッチは嬉しい。アスタの柔らかいものが背中にむにゅっと当たる。セカンドライフに絶望していなければ、今頃陥落していただろう。喫茶店の中でテントを張っていたかもしれない。
「求職中ではあるんですけど。この後国王に会う予定があるっていうか、まだ何とも言えないっていうか」
俺は肩を掴んでいた手をそっと払う。振り返ってみれば、対するアスタの立ち振る舞いは威風堂々としていた。
悪い会社……ブラック企業や、悪事を働く組織ではないかと俺は疑っている。ぶっちゃけ、転生者支援協会に行ってみて、良い仕事や方法が見つかるかもしれない。
「ほう、我の提案を断ると言うのか……」
そう判断すると、低い声でアスタが言う。口調には怒気が滲んでいた。どういう原理か、窓ガラスに亀裂が走る。…驚いた従業員がスタッフルームへと逃げていった。
と、外の方が何やら騒がしい。悲鳴が聞こえたかと思うと、店の自動ドアが開く。外から誰かがやってきた。
「アスタロト様、探しましたよ! そろそろですよ!!」
入ってきたのは一体のバフォメットだった。山羊の頭部に、鳥のような羽、胴体部分は人間に近い。声も人間の男性だ。だが、明らかに人間ではない。そんな異形の姿をもった悪魔の出現に、俺は一歩下がった。周りの事など一顧だにせず、アスタは「もう、そんな時間か」と呟いた。そして、しれっと店の入り口へと歩いていく。
「タチバナ、また会おう。ふふふ……面白い人間だ」
アスタが優しく笑った。部下と思しきバフォメットに急かされる中、悠然と去っていった。俺は手を振られ、ただただ見送る。
さっきは一瞬、殺されるかと思ったけど、錯覚だったのだろうか。明確な殺意を感じたような気がするが……命拾いした可能性もあるな。
アスタ、か。やっぱり悪魔娘なのかな。サキュバスではないって言っていたけど。結局、俺に何か用があったのかな。褐色肌、角、尻尾、翼。整った顔立ちで、なにより爆乳だった。……歩く度に二つの球体が揺れていた。エロ……いや、魅惑的な体だという事はすぐに分かったんだが……。
どうやらこの世界には、まだまだ知らない事があるようだ。




