第二十五話 金が無い
数十年は働かなくても生きているだけの貯金があったとする。西暦二〇二〇年代の日本において、それを一億円と換算しようか。
国王から頂戴した金額は、まさしくそのレベルであった。だと言うのに……
「金がない」
翌朝、朝食を摂りながら俺とヴィータは話し合った。いや、語弊があるな……。俺は一方的にヴィータを諭した。
目の前の竜人は食パンを三斤ペロリと平らげると、幸せそうな顔をしていた。昨日は機嫌が悪かったみたいだけど、今は大丈夫のようだ。
「二十一億円、足りない」
幸福そうな彼女を睨みながら、俺は続ける。正確には四千五百万ターラである。
俺の計算では、当初から金銭面は不安が残っていた。
異世界生活。突然の事故、病気。何があるか分からない。急な出費が嵩む事はままある。豪華な屋敷(最近、近所から〈タチバナハウス〉と呼ばれている)に掛かる維持費。年金と公共料金。
それから、バキュームのように何でも食べる目の前の竜人の、食費。五年以内には路銀が底を突いていただろう。
だが、極め付けは五千万ターラだ。エルフの族長にラクリマの交換条件として指定された額だ。
俺は真剣な面持ちでヴィータに言い聞かせる。
「ヴィータ、働くぞ」
「頑張ってくださいです」
いや、お前も働くんだよ!
「せめて、おやつ代は自分で稼いでくれ……さっきも言ったが、エルフのラクリマを譲ってもらうには、大金が必要なんだ」
俺はそう言うと、昨日町中で見つけてきたチラシを見せた。紙面には『大食いチャレンジ! 挑戦者、求む!』と達筆で書かれている。優勝すると賞金が貰えるらしい。金額は五百ターラだ。
単純計算で、十万回優勝したら五千万になる。
「こういうのでいいんだ。自分のお金は自分で稼いでくれ」
「これ、好きなだけ食べていいですか!? わぁー! やるですー!」
ヴィータは渡されたチラシを見て嬉しそうに尻尾を振った。
そう、大食いチャレンジならコイツにも出来るだろう。適材適所だ。おつむが弱そうなヴィータが、何も知恵を絞る必要はない。あとは……俺は俺で、やれる事を探すしかないだろう。
俺達は朝食を食べ終わると、別行動となった。ヴィータは町内にある食堂へ。俺はババ様の下へ向かう。
道中、国王である和田君にも電話をしてみた。すると今は忙しいらしく、昼過ぎなら時間が取れるようだ。丁度良い。ババ様の所に顔を出して、その後アサーガ城へ寄る事にしよう。
町の北に赴き、見慣れた道を進む。見えてきたのは例の雑居ビルだ。建物に入り、一階部分の〈アサーガの母〉と書かれた扉のインターホンを押す。と、ババ様の声が聞こえた。
「タチバナか。調子はどうだい?」
ババ様は部屋を掃除している最中だった。室内も照明が点いていて、明るい。前回来た時はいかにも魔女です、占いやります、みたいな雰囲気だったけど。
「いや~それが、五千万くらい借金が出来ちゃって……」
頭を掻きながらそう答えると、ババ様は唖然とした様子でこちらを見ていた。が、落ち着きを取り戻すと、部屋の掃除を再開する。
「お主、随分とんでもない事になっとるねぇ……座りな。茶、ぐらい出してやるさ」
そう言われ、俺は椅子に座って待った。ババ様は塵取りを片付けると、台所に向かっていく。
数十秒後、帰ってきたかと思うと、お盆で飲み物を運んできた。お茶を淹れてくれたらしい。
一口啜る。中々美味い。何茶だろう。見た目は緑色だ。ちょっと薬っぽい味がするけど……マテ茶とかハーブティーみたいな感じかな。
「それで、今日来た理由ってのは、あんた、まさか……」
目の前に座ったババ様が尋ねた。俺は苦々しい顔で頷く。
「エルフのラクリマを下さいって言うたら、五千万って。で……どないしようかな、と」
「地雷を踏み歩くタイプなのかい?」
ババ様は深く溜息を吐くと、天を仰いだ。
俺だって好きでこんな事になったわけじゃないんだが……。
「ハァ……それなりに色んな事を知っている自負はあるけど、金の稼ぎ方まではねぇ……。ましてや五千万」
思案を巡らせるババ様。ケツから何か捻り出すんじゃないかってくらい唸っていた。そして一頻り唸り続けた後、思考を放棄したようだった。
首を横に振ると、両手を上げた。
「悪いけど、あたしには無理だね。転生者支援協会は……行った事があんだっけか?」
「ああ、一回行きましたけど」
「この世界には懸賞金を掛けられとる奴等が居る。魔物や魔王がそうじゃ。一発ドカンと稼ぐんなら、そいつらを討伐するか……あとは宝くじだねぇ」
「討伐って、俺、強くないですけど……」
「五千万の借金なんて、あたしゃ聞いた事ないよ! 腹括るしかないね! 両方とも協会で受注できるから、やってみりゃどうだい!」
転生者支援協会に行けばそのクエストみたいなヤツが請けられるって事か。宝くじを買う気は毛頭ないから……ババ様の提案を採用するなら、一択だ。
後は和田君がお金をくれれば……いや、貸してくれるだけでもいい。何とかならないだろうか。
ただ、一個目のラクリマ探索からこんな状態で、この先やっていけるのだろうか……。とても心配になる。
半ば諦めムードを漂わせながら、俺はババ様の家を発った。抜本的な解決には至らなかったが、情報は入手できた。毎度思うのだが、無料でやってくれているのだ。贅沢は言えない。これで良しとしよう。
もう過ぎてしまった事だし、今更後悔しても無駄。……あとは和田君が頼りだ。




