第二十四話 五千万ターラ
外に出ると、ラフィリアが待ってくれていた。案内役を終えて、てっきり既に帰った後かと思っていたので、ちょっと嬉しかった。
「どうでした?」
明るい声色で尋ねるラフィリア。対する俺はというと……多分、難しい顔をしている事だろう。何か重大な間違いを犯しているような、そんな気がしているからだ。
「うん、五千万用意できたら譲ってくれるって」
俺がそう答えると、ラフィリアも難しい顔になった。五千万という数字に引っ掛かっているのだろうか。眉を顰めていた。
「……それで、なんて返事をしたんですか?」
「じゃあ、用意できたら譲ってください、って言ったけど」
「はぁっ!!??」
大声を出して驚くラフィリア。俺の返答に心底呆れているようだった。「何を考えて……」とか「信じられない」とかボヤいていた。
「え、ちょっと待って……持ってるの? 五千万」
ラフィリアが憔悴した様子で聞いた。なので、俺は「少し足りないかな」と断る。
「頭痛い……タチバナ、五千万ターラよ? 分かってるの?」
ついさっきまでは敬語で話しかけてくれていたのに、今では完全に呼び捨てだ。俺が転生者だからって、バカにして……。この世界の通貨を理解していないと思っているのだろう。
……だが、ちょっと待てよ。国王から貰った額って一億円くらいあった筈だけど……。計算してみた方が良さそうだ。
紙とペンがあるかとラフィリアに尋ねると、偶然持っているようだった。彼女はリュックから取り出すと、俺に白紙とボールペンを手渡してきた。
俺はそこに数字を書き込んでいく。
この世界の通貨は〈ターラ〉だ。食品や衣料品、家電を購入して、物価を調査したから分かる。日本円に換算すると、一ターラは四十四円になる。推測の域は出ないが……概ね、そう見ていいだろう。
十ターラは、四四〇円。族長に提示された五千万ターラは…………二十二億円だ。
500,000,00×44=2,200,000,000
俺は紙に書かれた数字を見て一人、戦慄していた。二十二億円。末恐ろしい数字が出てきてしまった。
しまった……五千万円と勘違いしていた。だって、日本語が通じるんだもん。日本円だと思うじゃん。一億円くらい国王に貰っていたから支払えるって思うじゃん。
「せや、ターラや……。これ、どないせえっちゅう……」
エルフという種族が合計で何人居るのかは知らない。だが二十二億円をあの爺さんは「皆で頑張れば集められる」って言っていたのか。いや……俺が転生者だって知って、支払えるかも、とミスリードを誘ったんじゃないか……? 最初から渡す気なんてなかったんじゃないか!
ああ、ババ様やワンカップおじさんが言っていたのはこういう事だったんじゃないか。契約書にサインしちゃったけど、俺……払えなかったらどうなるんだろう。死ぬの?
「やっぱり分かってない……アタシ知りませんよ」
「ええ、そんな! 見捨てんといて!!」
「触らないで!!」
ラフィリアに縋ろうとしたら振り払われてしまった。勿論、どさくさに紛れて乳を揉もう等とは考えていない。しかし、大変な事態になってしまった。
コンビニの冷凍庫で凍死して異世界転生して、そうしたら下半身がキメラになっていて。警察に捕まって……今度は二十一億円の借金が出来てしまった。
一日一万円……ターラで換算して二百ターラを稼いだとして、五千万ターラ稼ぐには二十五万日。年数にすると、六百八十四年だ。六百年も経ったら人骨すら残っていないだろう。
休みなしで働いたとしてもこのザマだ。これはハッキリ言って不可能。
「おじいちゃんも意地悪しないで、あんな骨董品、渡しちゃえばいいのに……」
俺が慌てふためいていると、ラフィリアは何かをぶつくさ言っているようだった。俺は最後の希望に賭けてみる。
「ラフィリア、アロファーガに猫型のロボットって居たり……」
「え? 居ないと思うけど……」
俺はガクリと肩を落とした。
どうやら何でも願いを叶えてくれるオレンジ色の玉はあっても、未来から来た猫型ロボは居ないようだ。
終わった。アイデアが何も思い浮かばない。ひとまず自宅に帰ろう。ダメ元でババ様と国王に相談してみるか……。
俺はラフィリアと別れ、帰路に着こうとする。その足取りは途轍もなく重かった。
「お兄さん、お兄さん! 安くしときまっせ……!」
そんな折、見知らぬ男に声を掛けられた。エルフの村を出ようとする矢先だった。
見れば、露店である。
はて……来た時はこんな店、あっただろうか。
造りは雑で、慌てて拵えたような外観である。久々に来た来訪者に物品を売りつけようという魂胆ではなかろうか。
まぁ、だが、折角来たしな。見るだけ見てみるか……。
見た感じ、観光客用のお土産っぽい。村の特産品と思しき品々が陳列されていた。適当に一つ手に取り、冗談交じりに店主の男性エルフに尋ねる。
「ラクリマとか売ってないですよね?」
「そら、流石にありまへんて! お客さん、困りますがな!」
店主はやや早口で捲くし立てた。ラクリマはないようである。
しかし、何でこいつは関西弁なんだろう。いや……俺もたまに出ちゃうんだけど、濃いんだよね。
しかも店が何だか怪しいもんだから、余計にキナ臭い感じがしちゃって……。ヤバイ物でも売ってんじゃないか?
「これは?」
俺が気になったのは透明のビンだ。ビンと言ってもヤカンに似ていて、中に紫色の液体が入っていた。
中身が出ないよう、厳重に封がされている。
「それは〈エルフの飲み薬〉やさかい、飲んだら忽ち元気になりまっせ」
俺が尋ねると、意気揚々と店主は答えた。ふと、ラベルが貼ってある事に気づく。エルフの秘薬、と書かれていた。
「なんでも、下半身の事でお悩みのキメラが居るっちゅう話を聞いたんやけど、お兄さん、ひょっとして……」
「はぁ、まぁそれは俺の事でしょうけど」
「大丈夫、効能は保証する! 飲んだらもう、ビンビンですもん!」
と言う店主。だが……どうも重大な勘違いをしているようだ。
その、なんだ。精力剤みたいな効能もあるらしいんだけど、別にそういうのは求めてないのよね。
秘薬自体は万病に効くらしいけど、キメラになってしまった半身を人間の姿に戻したいんだよね、俺は。
それは……この薬で出来るのか。いや……出来ないだろうなぁ……。
俺は「ちょっと待って」と、携帯電話を取り出した。すぐにインターネットで〈エルフの飲み薬〉と打ち込んで、検索してみた。すると流通されており、市販されているようだ。類似品は出回っていない。であれば、目の前の物品は偽物ではないと思われる。……いや、思いたい。
「これ、幾らなんです?」
「一万二千ターラ、でっせ」
たっか!! 日本円で五十万円くらいか!?
でも、インターネットではもっと高値で売られている……。って事は案外、効き目はあるんじゃないかと思う。
眉唾だが、買うか……? こうなると……交渉するしかないだろう。
「八千ターラまで、まけて貰えません?」
「……一万でどうでっしゃろ」
「九千ターラ」
「……きゅ、九千八百!」
くっ、手強いな。だが、負けない。こちらにも譲れない時がある! それは、何時かって? ……二十一億円の債務がある今でしょ!
「九千五百ターラ」
「お兄さん、これ以上は無理やて。ワイも商売でやってまんねん……」
そう言うと、店主は眉間に皺を寄せた。深く息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。
うーん、これ以上は難しそうだ。
ぶっちゃけ支払えるんだけど。そもそも今、金を消費する事は避けたい。でも、試してみたいのも事実。
「それじゃあ、九千八百で買います」
「おおきに。お兄さんは買い物上手やなぁ……」
店主は辟易した様子で、俺から金を受け取った。そして「ELF SHOP」と書かれた紙袋を取り出すと、中にビンを入れて差し出す。
俺はそれを受け取り、エルフの村を後にした。道中、紙袋を引っ提げアサーガへと帰還する。
二千二百ターラ(日本円で約十万円)も値切れた事だし、重畳ではなかろうか。後は今度、秘薬を試してみよう。
俺が帰宅すると、ヴィータは先に帰ってきていた。エルフの村とラクリマについて話そうとするのだが……この日、何故かヴィータは口を聞いてくれなかった。
何を拗ねているのか俺には分からなかったが、夕食を囲い、一日は終了した。




