逆鱗
一か月後。晴天の絆がCランクに昇格した翌日。リースの祝福の言葉から始まり、特訓が始まる。
(トウヤは前よりも視野が広がっているし、的確な指示も少しずつ出来るようになってきたわね。ライラは勝手に私を師匠にしているけど、実際相当良くなっているし、何より魔力の練り上げはBランクに近い。マリは自分の非力さを引け目に感じてスピードで誤魔化していたのが、今は初級の魔法を覚えて、敵を弱らせたり混乱させたりと臨機応変な戦い方をものにしつつある。セイルは元からの実力が三人よりも優れていたとはいえ、まさか一か月でBランクになるとは驚いたわ。まぁ、努力家な上にセンスが加われば有り得ない事ではないけれど、タンクならではの上がり方よね)
タンクのランクアップは特殊で、上がり方は二種類。一つはパーティーに半年いて前線を務めている事が分かれば、自動的にそのパーティーランクに上がることが出来る。もう一つは、今回のセイルのように討伐した魔物もしくは、軽傷程度で生還した敵のランクと数で評価される。その真偽は、ギルド員の中にいる元冒険者が装備などの傷と討伐結果を見、虚偽の判定が出来る水晶にて判断されるのだ。
特訓後、リースは昇格祝いと四人を連れて酒場に来ていた。
「リースさんはEランクに上がらないのですか?」
この一か月でリースのプレートはアイアンからリードへと昇格をしていたが、実力的にもう上がってもおかしくはないとトウヤは疑問を口にする。
「ソロの魔法使いが直ぐに上がっていくと、目立つのよ。だからまだ上げないわ」
とリースが食事を口に運ぼうとした瞬間、外から沢山の悲鳴が聞こえる。その声に店にいるトウヤを含む冒険者達が急いで外に出る。リースは食事を一口食べ、溜息を吐いて渋々ついて行く。
外に出ると恐怖に引き攣った顔で逃げる人々の姿があった。逃げてきた方を見るとそこにはレッドスネークが人々を襲っているのが見える。
「くそっ!なんだあの化け物は。皆!とりあえず高ランクパーティーが来るまで何とか足止めするぞ!」
駆けだそうとするトウヤ達をリースは手で止める。
「リースさん!?なんで止めるんですか!このままじゃあ・・・」
その時、殲滅の刃が立ちはだかり戦う。
「あれは確か、Aランクパーティーの殲滅の刃。彼らがいるのが分かっていたから、リースさんは俺達を止めたのか」
トウヤの言葉には答えず、リースは殲滅の刃の戦いを見る
(明らかに手を抜いて遊んでいる。苦戦を演出しているつもり?)
暴れるレッドスネークの巨体が建物を破壊していく。殲滅の刃は力を合わせレッドスネークの首を切り落とす。その瞬間、レッドスネークの巨体は崩れ落ち辺りを歓声が包む。人々は感謝の言葉を伝えながら、殲滅の刃を取り囲む。
(これが彼らのやり方なのね。虫唾が走る)
リースは一人無言で切り落とされた首に触れ、記憶を読み取る。それは何の巡り合わせか、いつぞやにリースが逃がした個体だった。ある日、殲滅の刃に捕えられたこの個体はリーダーのマールと呼ばれる男に、町の人々を襲い建物を壊せば命は助けてやると言われ従った結果がこの状態だった。
(マール?まさか)
「リース。一体この状況は・・・っ」
事態収拾のために出てきたクライスは、既に討伐された魔物の首に触れるリースを見つけ、肩に手を置き、声を掛けるも自分の首が飛ぶ映像が浮かび、慌てて手を放し距離を取る。ゆっくりと立ち上がったリースは抑揚のない、冷たい声色で話す。
「クライス。事情ならそこのAランクパーティーに聞けばいい。今夜あなたの屋敷の前で待っている、仕事が終わり次第即帰りなさい」
「わ、分かった」
青ざめ、冷や汗を流しながら返ってきた答えにリースは振り向き、クライスの横を通り過ぎる。
「お前ら!解散しろ!ギルド員は魔物の死体を運べ!それと、今日はもう遅いからお前達殲滅の刃は明日に顔を出してくれ。事情を聞きたいし、討伐報酬も出す。今日は助かった」
(そう。それでいいのよクライス。今日はそいつらを返しなさい)