1、世界と始まりの鐘
僕らは見ている。
ー欲しい…あれが、欲しい。ー
この世界にはないモノ。
ー目と鼻の先に見えるのに…。あちらの世界にさえ行けたなら。ー
あちらの世界に溢れている沢山のモノはこちらの世界にとっては魅力的なモノばかり。
手を伸ばしても、触れられない。
どれだけ欲しても手に入れられない。
ここから先へ進む事が出来ない。
こちらの世界とあちらの世界は透明なガラスで仕切られているかの様にどちらからの干渉も許さない。
ーなんてもどかしいー
ただ、こちらの世界からのみ見えている。
ー欲しい…欲しい、欲しい!ー
願う事しかできなかった彼らの欲は世界のあちこちで溢れ返り、やがて大きな力となった。
そしてその力は一人の神を喚ぶことになる。
子供のような容姿。
銀の髪を後ろで縛り、その髪の間からは紫の瞳が覗く。
『この神を喚ぶのはお前たちか。』
神が問う。
『何故お前たちはあちらのモノを欲するのか。人ではないモノたちよ、それを得てどうするのだ。』
「人…ではない…?」
『姿形は似ていても食べることも寝ることも子を成すこともない。それはもはや生命とは云えず。』
対話をしていると言うよりも、頭の中に響く様な違和感に顔を歪めそうになる。
「食べる…?神よ、食べるとは何だ?私はそれが知りたい!あちらの世界の全てを知りたい!」
『知ってどうする。』
「分からない!しかし私にはそれを欲することしか出来ない。貴方が言った、人ではない己が何者なのか…それを知りたい!」
人の様なモノだけが存在している世界。
『ふむ、お前が欲するは知識か。』
「知識…。それが私が求めて止まないものなのか。」
目を輝かせるその姿に、神は目を見開いた。
『なるほど、…これは面白い。お前たちは同じではなくとも我の知る人に近い存在なのかも知れん。姿と欲だけを持つお前たちに我が力を貸そうではないか。先ずはこの世界を書き変えるとする。』
口元を吊り上げた神が、軽く指を振る。
『条件付きであちら側へと繋がる路を造る。そしてお前たちには階級を付けよう。大きく別けて3つ。今から言う要素を持つ者を一番上の階級とする。』
1つ、感情を持つ者。
2つ、言葉を喋り会話が出来る者。
3つ、名を持つ者。
『しかしこれだけではまだ甘いな。上級にはその3つの要素に中級・下級を使役する役目も加えよう。中級は1つの要素以上を持つ者。そしてこの中でも更に階級を3つに分けるべきだ。最後に下級はただある者。』
神が指差す。
そこにはこれと言って何も無いように思える。
「ただある者とは…?」
『そこに漂う光もその人ではない塊も全て本質は同じ欲とそれを形取るモノ。2つが交わればそれは徐々にお前と同じように形を成す。』
言われてから漸く、その存在を認知する。
「これらが己と同じ本質なのか。」
『お前には名と少しの知恵と力を与えよう。名をオリジン。あちらの世界の言葉で始まりを意味する。そしてこれがこちらの世界が動き出す為の種となる知恵と力。』
神の手がオリジンのひたいに当てられると、強い光が一気に視界を遮った。
それと同時に体が溶けてしまいそうな熱と強烈な痛みが襲いかかる。
「グッ、ぅわああぁぁーーーっ!!!」
『馴染むまでは苦しむが、次期に収まる。幾つか細かな決まりや世界の変化もあるが、それは追々お前たちで見付けよ。さあ、世界の始まりに祝福を与えよう。』
地響きと共に大きな鐘の音が鳴り響く。
神の表情は歓喜に湧いていた。
その瞳は無垢な子供の様ー…。
『あぁ、それからもう1つ付け加えてやらねばな、ふふっ。』
ー"死を"ー
神の祝福を得た世界は新たに造り変えられていく。
「世界が…繋がる」
何処かで、誰かが呟いた。
世界が静けさを取り戻した時には、神の姿は何処にもなかった。