永遠の初めて
某所でのお題「初キッス」で唐突に書いた掌編です。
看取りものって切なくて良いよね。
異種族同士の結婚というものは苦難の連続だ。
文化的な違いからお互いの親族に反対されるのは当然として、体のつくりの違いから子供を成せる可能性が絶望的な場合がほとんど。
それでも、数々の苦難を越えて愛を育んだ者たちは神の名において夫婦の誓いを交わす。
それが、一時の熱病でないと信じて……
ある一組の夫婦の寝室。
長年二人で寝起きしてきた部屋であるが、その片割れはもはや寝台から起きることも難しくなっていた。
病気ではない。
今まで病気も、貧困も、不幸だって共に乗り越えてきた夫婦であってもそれは平等に二人を別つ。
寿命だ。
妻はエルフ、夫はドワーフ。
ともに長命種族といえど、千年は生きるといわれるエルフと長く生きて三百年のドワーフではそもそもの寿命が違う。
この別れは、有り体に言ってこの夫婦の妥当な『終わり』だったのだ。
「あ……う……」
「どうしたの?水?それともどこか痛む?」
「いや……すまないが、そろそろ、だと思う……」
「……!」
夫がすっかり艶を失くしたヒゲを揺らして呻くのを妻のエルフが心配するが、夫は力の入らない腕で押し留める。
もう残り少ない幾ばくかの最期の時間に、夫として妻に伝えたいことがあった。
「……楽しかった。幸せだった。君と出会ってからの日々は、間違いなく、万金で購えない宝物だ」
「そんな!私だってそうだ!貴方と出会ってからは全てが千年樹の花より色づいて見えた!」
出会ったばかりの頃はそこらの丸太より逞しかった夫の腕も、今は枯れ木のようにやせ細り、今や妻の溢れる涙を優しく拭うことぐらいしかできない。
結婚を前にした際に親族たちが口を揃えて『必ず後悔する』と言った意味、その意味がようやく妻にも分かった。
「願わくば、願わくば君の唯一になりたかったが……君はこれからも長く生きるんだ。ただ、私の事を覚えていてほしい……」
妻たるエルフは夫が生まれて死ぬまでの年月よりも、もっと長い永い時を生きる。
妻の幸せを心から願う夫は、その間をずっと独りで暮らせとは口が裂けても言えなかった。
せめて未練がましくならないようにと笑顔で告げた夫だったが、妻は苦笑して、夫の皺まみれの唇に口付けを落とした。
「覚えておいて、初めてキスをしたのも、初めて体を許したのも、生涯において貴方だけ。貴方は私の唯一よ」
「はは……それは……いい……自慢に……なる……」
カサカサの肌に幸せそうな笑みを浮かべた夫の身体から、最期の力が抜けて行く。
やがて心臓の鼓動が動くことを止めるのを長い耳で聞き届け、妻は、もう拭われることのない涙を流しながら呟いた。
「さようなら、私の初めての人」