怪盗アウローラと『価値ある』酒
よをさわがすかいとうアウローラと、あつめられたさんにんのめいたんていたち。
かれらはアウローラをつかまえることができるのか!?
王国の夜を賑わす悪名高き怪盗"アウローラ"。
その手口は巧妙かつ大胆で、変装技術はその名の通り七変化。
しかして暴力を好まず、己の美学に忠実な鮮やかなる犯行は、下々の民の間で語り草になるほどの人気ぶり。
標的とされる富豪たちは躍起になってアウローラを捕まえようとしたが、彼らをあざ笑うかのように、今日も怪盗は夜を我が物顔で駆け回るのであった。
そんなある日、王国でも有数の富豪の下へ怪盗アウローラから予告状が届けられた。
《貴家の所有する最も価値ある酒を頂きに参ります》
富豪は慄いた。
その富豪が所有する財の中でも頭一つ抜けて珍しき宝物『現存する最も古い酒』が狙われていると。
しかし、七色の変装技術を持つ怪盗アウローラの前では、官憲の数による警備など相手の思う壺だ。
そこで富豪は少数精鋭、数々の難事件を解決して来た三人の名探偵を招集し、警備に当たらせることにした。
まず最初に白羽の矢が当たったのは、人間族の名探偵。
相手の心理を読み、行動を推理、わずかな犯行の糸口をも見逃さぬ怜悧なる理性の傑物。
東方からの流民ながら探偵として名を馳せる、人呼んで『人智明察』サエモン・イチノジョー。
次に指名されたのは、エルフ族の名探偵。
その長い経験を活かし、関わってきた数多の事件から類似点を見つけ出し、未来を見るかのような犯行予測さえ可能とする犯罪捜査界の生き字引。
同業者からも尊敬を持って接される、人呼んで『生きた犯罪資料館』マルケス・ピエストラス。
そして最後に選ばれたのが、あまり知られぬドワーフ族の名探偵。
目聡いほどの観察眼と、酔えば酔うほど冴え渡る動物的直感をもって目星をつけた相手にどこまでも追いすがる猟犬の如き執念。
論理よりセンスを重視するゆえに業界でも異端視される、人呼んで『灰色の肝細胞』アルバート・ゴールドバーグ。
集められた三人の名探偵に、『最古の酒』が納められた金庫の鍵三つがそれぞれ一つずつ渡され、怪盗アウローラ迎撃の態勢は整えられた。
三人が初めて揃った夜、富豪が親睦を深めるためと称して簡単な宴席を設けた。
人間族の名探偵サエモンは富豪の取り寄せた故郷の酒を控えめに口にしながら、屋敷の見取り図から人の流れを推測して手薄な場所に気を配り、エルフ族の名探偵マルケスは過去の経験から"怪盗"と呼ばれる者たちが派手好みな事から宴席への乱入を警戒し、ドワーフ族の名探偵アルバートはウェルカムドリンクをお代わりしていた。
「皆さま、お楽しみ頂けていますか?」
三人に声をかけてきたのは富豪の妻である女主人。
すぐさま二人は頭を下げたが、アルバートは下げなかった。
アルバートはどれだけ飲んだのか、既に据わった眼で女主人を見る。
「のう……女主人様、その指輪は今朝と同じものか?」
「え、ええ……昨日の昼に商人から新しく買った珍しい青みがかった金緑石ですの。それがどうかしまして?」
女主人が答えた途端、アルバートは勢いよく彼女の腕をつかむ。
酔っ払いの突然の暴挙に周りが取り押さえようと動こうとした時、アルバートが、酔っているとは思えない程冷静な声で言った。
「金緑石? ああ確かにそうじゃろうの。じゃが儂には一目でわかった、あれは色変わり石じゃ。昼の日中ならともかく、夜の今は灯りの下で赤くならないはずがない」
鋭い推理か酔漢の暴論か、周りが判断しかねている中、場違いな笑い声が響く。
「プッ、アッハッハ! それだけで気付いたのかい!? やはり名探偵と呼ばれるだけはある!」
笑っているのは女主人、しかしその口からは明らかに男性の声が出ている。
間違いない、これは怪盗アウローラの変装だ!
「だけど、ここで捕まるわけにはいかない。ここでの用は済んだしね!」
そう言うと、アルバートがドワーフの剛力で掴んでいた腕がポロリと取れる。
本物の腕をにょっきり出して、怪盗アウローラは懐から出した何かを床に叩きつけた。
すると爆発的に煙が充満し、一時的に全員の視界が効かなくなる。
三人の名探偵は、この視界でアウローラを捕らえることよりも狙われた宝のある金庫の下へ急いだ。
『最古の酒』が納められた金庫、それは三人の予想と違い、閉じられたままだった。
怪盗アウローラは何がしたかったのか?
エルフの名探偵マルケスは数ある事件から類似点を探し、口を開いた。
「二つの可能性があります。一つは私たちをここに集めるのが目的であること。もう一つは狙いが『最古の酒』ではない事です」
それを聞き、人間族の名探偵サエモンは見取り図を見直す。
「行きすがら警備に聞いたが、今日に至って女主人から急な配置転換がいくつか指示されたらしい。そこら推測する人の流れだと、手薄になるのは第三保管蔵だな」
富豪からの説明では保管蔵は普段飲む酒を保存するための倉庫のはずだ。
なぜそこにアウローラが?
訝しい思いと共に富豪を伴い現場に行くと、確かに蔵の鍵が破られている。
中にはもう誰もいないようで、アウローラに逃げられた口惜しさが広がった。
もはやどうしようもないとはいえ、被害の確認はしておく必要がある。
しかし第三保管蔵は酒類の保存をする蔵では最大の物で、当てもなく調べるのは気の遠くなる作業だ。
そんな中、ドワーフの名探偵アルバートが口を開いた。
「南部グラニール産3495年物はちゃんとあるか?」
何故それを?と思いながら確認すると、ボトルが一本無くなっていることが分かった。
しかし疑問は残る。
3495年物の酒は確かに南部グラニールでも最高傑作とたたえられた当たり年だが、同時に大豊作の年でもあり、製造本数の関係からちょっと背伸びすれば買えない程ではない。
アウローラはなぜ『最古の酒』でなく、この酒を盗んだのか。
そう問う富豪に、赤ら顔の名探偵は答えた。
「酒にとって、旨いこと以外に重要な価値があるか?」
その言葉を肯定するように、ボトルのあった場所に置かれた《ご馳走様でした》という怪盗のメッセージカードがひらりと床へ落ちた。