美しき救国の聖女
お題:捨てられた私 必須要素:オタク
都でも評判が高い腕利きの薬術師マリアンヌ。
彼女は決して公の場に姿を現さないことで有名だ。
その為、彼女の容貌については噂が絶えず、絶世の美女だとか、いや調合中の事故で酷い怪我を負っているのだとか、貴族の落胤で姿を人前に見せないよう言い含められているのだとか、今日も人々の格好の話の種となっている。
そんな彼女は現在自分の工房で――――――
「ふっ、うぐっ、なんでよぉ……どんな私でも受け入れるって言ったのにぃー!」
――――――愚痴を零しながら、酒を呷っていた。
彼女が嘆いている理由は単純、思いを寄せていた相手に恋愛対象に出来ないと言われてしまったからだ。
勿論彼女とて、自分の容姿が整っているとは言えないのは分かっている。
彼女は生来の矮躯であり、手足は短いのにその癖骨格は太い。
顔も輪郭がえらが張っていて、鼻が潰れたように低いのに形は大きくなっている。
それでも、彼女は彼の優しさを信じていたのだが……
幼い頃、彼女は容姿からイジメられることもあり、唯一子守をしてくれていた爺やにだけ心を許していた。
その爺やが亡くなった後、心を閉ざした彼女は勉学に傾倒し、やがて薬術師となった。
作業のほとんどを室内で行えることで外へ出ることがさらに少なくなった彼女は、体質の影響もあったのか普通の女性よりすっかり太ってしまい、頑なに外に出るのを嫌うようになったのである。
自分の容姿が好まれないと知っている彼女は、異性の対象として幼い頃に自分を受け入れてくれた爺やの面影を求めた。
いわゆる、ジジ専である。
彼女の工房に内密に材料を納入してくれる商会の初老の番頭に思いを寄せ、姿を隠しながら交流を重ねていたのだが、先日徹夜での調合に疲れて眠りこけていたところを彼に見られてしまったのだ。
そのため、だらしなく醜い自分を見て態度を翻してしまったのだと彼女は思っているが、実際は違う。
番頭の男性は彼女が求めていた爺やと同じように娘や孫のような気持ちで彼女を支える気持ちでいただけで、元々恋愛対象とは見ていなかった。
しかし彼女の考えも一部は正しい。
徹夜の調合で身だしなみを調えていなかった彼女は普段と違いその髪の色と同じ赤毛の『髭』を蓄えていた。
勿論彼女が男であるわけではない。
彼女が開発した自らの持病の治療薬の副作用で多毛症を患っているのだ。
薬の服用を止めれば症状はすぐに治まるのだが、持病は心の臓に関わるもので欠かすことはできない。
普段はきれいに剃っているのだが、気を抜いて寝ていたその時はしばらく剃っていなかったのだ。
いくら(別の意味であっても)好いている相手でも、髭が生えていたら百年の恋だって冷める事だろう。
こうして、傷心の彼女は独り工房で酒を飲みながらくだを巻いているのであった。
もはや外見を取り繕う余裕はなく、髪はグシャグシャ、髭も伸び放題になっている。
そんな彼女の下に、低く野太い声が響く。
「スマンが、ここがマリアンヌ殿の工房か! 依頼があるのじゃが!」
声とほぼ同時に乱暴に開かれる扉。
工房の主に確認もせずに入ってきたのは一人のドワーフだった。
傷ついているところにやってきた闖入者にマリアンヌは据わった眼を向けるが、すぐにその瞳は見開かれる。
(な……なんてイケジジ!)
白い髭を蓄え、筋のような深い皴を備えたドワーフ。
ほとんど外に出ない彼女はドワーフを初めて見たが、ど真ん中ほどではないが十分守備範囲内だった。
「な、なんでしょう。直接のお取引はご遠慮しているのですが……」
思わずいつもより高い作った声で丁寧に応対してしまうマリアンヌ。
しかし、ドワーフはまったく気にせず答えた。
「マリアンヌ殿、どうか我らドワーフの国に来て咳病の薬を作るのを手伝ってはいただけぬか? 報酬は何でもお支払いする!」
現在ドワーフの国には特殊な流行り病が蔓延し、大きな問題となっているらしい。
その助けとして腕前が周辺国にも鳴り響いているマリアンヌを招聘したいという事だった。
悲壮感漂う彼とは対照的に、彼女は『なんでも』の魅惑的な響きに心の中で涎を垂らしながら「わかりました!」と元気よく答えた。
「渋る気持ちは分かる……しかし、っえ?」
肩透かしを食らったドワーフだったが、快く引き受けてくれるなら万々歳と気持ちを変えて詳しい内容についての話に移った。
――――――後にドワーフの国の聖女と呼ばれ、国一番の美女と比べても劣りはせぬと諸国に謳われた、連れてきたドワーフとの間に三男四女をもうける彼女の大きな転機だった。
恋愛系ってムズカシイネー(棒)