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画家の帰る場所

お題:彼が愛した儀式 必須要素:即興イラストのステマ

「ふぅ、やっと帰ってこれたか」


ドワーフの放浪画家であるリヒャルトは馴染みの酒場で一息ついていた。


リヒャルトは各地を旅して風景・人物・(もよお)し事を絵に描きとめることを生業(なりわい)としている。

そして大きな仕事……貴族の依頼や運河の開通、10年ぶりの祝祭などの絵を描き終わった後、必ずこの街の酒場で酒を飲むことにしていた。


これは、ある種の儀式だ。

この酒場で酒を飲んで旅に出て、この酒場で酒を飲むために帰ってくる。

人生とは同じところを回る歯車の上を歩くようなもの、というのはどの詩人の言葉だっただろうか。

代り映えのしない日常は退屈だが、区切りのない道をただ走っているのでは息切れしてしまう。

だからこそリヒャルトはこの酒場へやってくる。

彼にとってこの場所はすべての道を繋げる岐路であり、一時旅の疲れから憩う止まり木なのだ。



「マスター、あの酒を頼む」


カウンターの中で無表情に皿を磨く店主にいつもの注文をする。

肩をすくめて店の奥へ取りに行く彼が齢を食った親父から店を継いだのはどれくらい前だったか。

当時は若々しい青年だった彼も、今ではすっかり貫録を増して一国一城の主として申し分ない。

思えばこの酒場で初めて酒を飲んだ時の店主は、彼の祖父にあたる。

ドワーフと人の寿命の差を考えれば致し方ないことだが、若い時分に随分と世話になった先々代が店を息子に任せて直ぐに亡くなったと旅から戻って知った時は涙を杯で受けて飲み干したものだ。

先代も悪ガキだった時から知った相手だったが、先々代から店を受け継いだ後は一丁前な顔をして、あんたが来てくれる限り店は潰さない、と言ってくれていた。

リヒャルトの画家としての名声が広がるにつれて徐々に旅の間隔が長くなっていったので今の店主についてはあまり知らないが、彼が子供のころに乞われて描いた即興の絵は今も店内に飾られたままであり、多少はリヒャルトに思うところがあるのは確かなようである。

出来る事ならば、旅先で死ぬことなく、この酒場で死に酒を(あお)りたいものだ。



「はいよ、アンタぐらいだよ。この酒を喜んで飲むのは」


店の奥から店主が持ってきたのは栓のされた複数の硝子(ガラス)の瓶。

中には蒸留によって作られた強い酒に、この街の近くにのみ生息している毒を持つ蛇が漬け込まれている。

材料の点からこの酒はこの街とその周辺でしか造られていないが、もっぱらその用途は毒消しである。

何らかの理由で怪我をしたときにこの酒をかけると土に含まれる毒気が消されて傷のふさがりが早くなり、膿むことなく治癒するのだ。

勿論大きすぎる怪我には通用しないが、小さな町ではこの程度の効用でも非常にありがたがられる。

そのため酒ではなく薬として扱われ、効用を怪しむ他の地域には流通さえしない。

まさにこの街でしか飲めない酒だ。


「何を言う、この酒ほどうまいものがあるものか」


喜んで瓶を受け取るリヒャルトに店主は苦笑いしてカウンターに戻っていく。

しかし、リヒャルトはそんな態度を気にしもせず、酒をジョッキに注いでグビリと口にした。


まず感じるのは生きたまま酒に漬け込まれた蛇の生臭さ。

しかし、それは角が取れて尚強い酒精の味によってすぐに上書きされ、そして血抜きもされていない故の鉄臭さが広がる。

その風味は酒と金気(かねけ)をこよなく愛するドワーフのリヒャルトの心を陶酔とさせる天上の美酒であった。


この味があってこそ、帰ってこれたという実感が湧く。

次に行くのは北の秘境、竜峰山脈。

切り立った崖と雄大な自然が今も残る風景画のモチーフとしても好まれる場所ではあるが、世界屈指の危険地帯でもあるため実際にそこを目にして描かれた絵は少ない。

油断をすればすぐさま命を失くすような土地、だが放浪画家として一度は描きたい場所でもあった。

旅立てば次にこの酒が飲めるのは一体いつになることか。

物憂げな気持ちになったリヒャルトは店内を見渡し、いつ来ても変わらない酒場の様子と店主を見てクスリと笑う。


今はただ、この愛した酒を楽しめばいい。

入れにくい必須要素勘弁して……(切実)

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