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イソギンチャク視点

[“イソギンチャク”を装備している兵士視点]

爽やかな朝焼けが俺の顔を舐める。黄金色の日差しは痛いほど眩しい。体にかかる毛布を退けると自分の状況を確認した。


「どこだここ? 戦闘中だったはずだ。なんで実家にいるんだ?」

俺は体を起こすと、階下に降りる。俺は昔から実家の階段の音が好きだった。俺が階段を降りるごとに、大きな音を立てて軋む。今にも壊れそうなこの悲鳴が、なぜか俺は大好きだった。

階段を一番下まで降りると、美味しそうな匂いがした。実家に帰った時に母さんがいつも俺のために作ってくれる野菜のスープの匂いだ。


「母さん?」

俺はキッチンにいる女性に声をかけた。

「あら? 起きた?」

そこにいたのはさっきまで殺しあっていた黒髪の女だった。

「これはどういうことだ? 俺がイソギンチャクでお前を絞め殺したはずだ。何が起きている?」

「これはただの夢よ。あなたお腹は空いている?」

その瞬間、急激に空腹感に襲われた。痛みを伴うほどの空腹感は波のように激しく、俺を襲った。こんなにも激しい空腹感は感じたことがない。


「ああ。腹が減って死にそうだ」

そういうと、女はテーブルに野菜のスープを出してくれた。

「これ、俺の分か?」

女は黙って笑顔で頷いた。


俺は、さっきまで殺しあっていたことを忘れて無茶苦茶にがっついた。豚のように汚く音を立ててスープを飲み込んだ。喉を通るぶつ切りの野菜は、一生で一番俺に幸福感を与えた。気づいたら目の端から大粒の涙が溢れていた。音を立てて泣きながら、俺はスープを飲み干した。

「こんなに美味しいものを口にしたのは初めてだ」

「よかった」

「お前一体俺に何をしたんだ?」

「私の武器を使ったのよ」

「お前も“夢”を装備できたのか?」

「ええこれが私の夢よ」


俺は少し目の前の女が不憫に思えた。こんな当たり前の日常が夢なのか。

「正確にはさっきできるようになったの。“夢”による強力な攻撃を受けて無理やり装備されたみたい」

「そんなことができるのか?」


「ええ。私は“電撃”を装備しようとして、何度も電撃を体に流して、ダメだったけどね」

俺は夢の恐ろしさをよく知っている。あいつ(“夢”を装備している兵士)とは何度も共に修行をした。

「それでどうする? 俺をこの世界で殺すのか?」

「いーえっ。そんなことをしなくてもあなたは私に協力する」

「俺がお前にか? 協力するわけないだろ?」


女は自分の分のスープを一気に飲むと、

「さっきあなたの体を襲った空腹。今まで感じたことがないほど酷かったでしょ?」

「ああ。刺すような空腹だった。空腹があんなに辛いと思わなかった。が、それがなんだ?」

「あれは、ホームレス時代に私がいつも感じていた空腹よ」

俺は唾をごくりと飲み込んだ。

「私たちホームレスはいつもあんな空腹と戦っているわ。時には泥を飲んで、生き物の死体をそのまま口にする。あなたにその苦しみを少しでも感じて欲しかった」


俺は何も言えなくなった。

「あなたたちがいつも見て見ぬ振りをするホームレスは、いつもあなたたちのことを見ている。夜はベッドで眠れて、お腹いっぱい水も食べ物もある。そんな夢見たいな理想の生活を、いつだって“夢”みていたのよ」

俺は自分の今までの生活を思い出した。飯がまずかったら道端に捨てて、酒を飲んでは食べ物を吐いていた。

「私たちは現国王を倒す。ホームレスとして苦しむ人を救いたいのよ」

「俺にどうしろと?」

「私が夢を解除したらただじっと地面で倒れたふりをしていて」

「それだけでいいのか?」

女は可愛らしい笑顔と共に大きく頷く。


「俺たちの仲間は四人いただろ? お前は最後のやつに絶対に負ける」

「いいえ。私は勝つわ。何があっても絶対に諦めない」

そして、俺は夢から覚めた。目を薄く開けると女が最後の仲間と戦っていた。剣戟の激しい音が耳を舐める。俺は目を閉じて倒されたふりをすることにした。いつものように女を、ホームレスを見て見ぬ振りをした。


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