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偶像・ハツカ町市民会館

本当は明日の午前投稿予定なのですが、明日は忙しいので前日にあげます。

 おはよう、後藤美幸(ごとうみゆき)だよ。

 

 今日も今日とてお仕事に行く。ヨウキ組が借りたマンションの一室で、送られてきた指令通りに適当に遊ぶ仕事。まぁ今日が2回目なんですけどね。

 

 出勤は午前9時30分。クローゼットと机、パソコンに冷蔵庫、あと電子レンジがあるリビングにやってきた。

 

 ちなみに木下はいないよ。ヨウキ組の上司の人にいいように使われてる人だからね。私一人に構っているほど暇ではないらしい。いいことだ。

 

 「ええと、今日の仕事は何かなっと」

 

 冷蔵庫に入っている栄養バランス弁当をレンジで温めながら、パソコンのメールを確認する。

 

 ―指令

 二十日町市民会館で行われる入江千佳(いりえちか)のライブで騒ぎを起こせ。

 禁止事項として、民間人及び入江千佳、スタッフを傷つけないこと(必要最低限は可)。ライブ機材を破損させないこと。

 備考:入江千佳は二十日町のご当地アイドルである。ライブは午前11時開始午後3時終了。12時30分から13時30分は昼休憩である。また本日のライブが何らかの形で頓挫(とんざ)した場合、後日もう一度行われることになっているため、その辺の心配は無用。

 

 チーン

 

 うわ~ご当地とはいえアイドルのライブを襲撃か~。悪役じゃん。いや悪役なんだけどさ。というか前もってライブ襲撃するって教えてほしいんですけど!

 

 とか思いつつお弁当を食べ始める。

 

 あ、このお弁当ほうれん草はいってるじゃん。苦手なんだけど、食べなきゃダメ? 

 

 

 

 

 お弁当をおいしく食べた後は市民会館の位置を確認したり、どうやって襲撃するか考えたりしながら過ごした。

 

 もう10時50分か。早いもんですな~。

 

 あんまり時間もないので、クローゼットに入ってるかなり恥ずかしいコスチュームに着替える。 

 

 バトルスーツって木下が言ってたけど、何回見てもコスプレだよね。

 

 着替えたらその上からダッフルコートを着て部屋を出て、隣の部屋のインターホンを鳴らす。

 

 このマンションの部屋は50もあって、そのほとんどの部屋に住んでいるのはヨウキ組のアルバイトさんらしい、ちょくちょくすれ違うけどみんな普通の人に見える。

 

 「はい」

 

 出てきたのはドレッドヘアーのガングロお兄さん。ムキムキで黒光りする肌が黒人のマッチョマンを連想させるこの人は、純日本人らしい。顔立ちも日本人のそれだし。

 

 「お仕事です。二十日町市民会館に行きます」

 

 「おう、待ってな」


 ドレッドお兄さんはそういうと部屋に引っ込みます。私はそのままマンションを出て駐車場で待機。

 

 「お待たせ」

 

 そう聞こえて振り返ると、さっきのドレッドお兄さんのほかに9人の人がいる。

 

 この一見普通の人たちが、まさか全身黒タイツで”うぎょぎょぎょぎょ!”とかいって走り回る仕事をしてるとはだれも思うまい。いやドレッドお兄さんは特徴あるけども。

 

 駐車場にあるプリアスというよくある車2台で、私たちは二十日町市民会館に向かうのだった。

 

 

 

 

 あるぇえ? なんでステージの上に小汚いおっさんがいるの?

 

 二十日町市民会館に着いた私たちは、客に扮して建物の出入り口をふさぐ予定だった。


 それなのに……

 

 「チカちゃん……ぼ、僕、あ、愛してるんだ! チチチチ、チカちゃんのことぉ! あ、愛してるから、だから、そ、の、ぼ、僕は愛の力を、、に! 愛の力にめめめ、めざめたんだぁ!」

 

 やばい人だぁ……

 

 ヒーロー! ヒーロー! 来てよ! ご当地アイドルがピンチですよーー!

 

 「愛の力ってなんですか! ライブの邪魔しないでください!」

 

 いいぞ! 言ったれ千佳ちゃん!

 

 というか、この状況でいっぱいいるお客さんたちが全く騒がないのはなぜ?

 

 「マッシブレディ、これは想定外の事態です」

 

 ドレッドお兄さん、いつの間に背後に? というかやっぱり想定外なんだ……

 

 「うん、それは解るんだけど、どうしよっか? ヒーローの呼び方しってる?」

 

 「警察に電話すればヒーローにも連絡が行くみたいですよ。ただ……」


 「ただ、なに?」

 

 「観客たちが騒がないのは、おそらくあのヴィランの能力です。人を操っちゃう系の能力かと」

 

 操っちゃう系かぁ、そっかそっか操っちゃう系かぁ

 

 「入場前に、ライブ中に音が鳴ると困るからと携帯電話を受付に預けましたよね? たぶんですがそれもあのヴィランの狙いで、受付やスタッフも操っていると思われます」

 

 あ~連絡手段ない感じか~。困る。

 

 「わかった。私があの小汚いおっさんヴィランなんとかするよ」

 

 あの感じだと入江千佳に拒絶されて逆上からの強姦とかまで発展しそうだし、市民やアイドルを傷つけちゃいけないって禁則事項にあったからね。

 

 「では我々は、隙をみて脱出し警察に連絡を取ってみます」

 

 「頑張ってね」

 

 私はダッフルコートを脱いでマッシブレディの服装になり、髪をサイドテールに結んで青紫にする。

 

 観客たちはみんなぼーっとステージ見てるから、誰も私のことなんか見てない。

 

 ググっと足に力を込めて、観客席の一番後ろからステージの上まで……とうっ!

 

 ほい着地っと! 跳躍力が人智を超えてるね私。

 

 「だ、だだだだだだだだだだだだだだ」

 

 私の方を見て”だ”を連呼するヴィランおじさん。

 

 どしたの? こわれた?

 

 「だれだ!」

 

 あ、うん。

 

 「マッシブレディ参上! 入江千佳は私がもらっていくよ!」

 

 「マッシブレディ?! ウィスパーファイブが初めて捕まえ損ねたっていう、あのヴィラン?!」

 

 千佳ちゃんがめっちゃびっくりしてる。なんでしってるの? あ、地方の番組では報道されてたか……

 

 「ぼ、ぼぼぼぼぼぼぼ」

 

 またヴィランおじさんが何か言いだした。

 

 「うんうん。そうだねー」

 

 適当に返事して入江千佳に歩み寄る。怪我させると木下になんて言われるかわかったもんじゃない。

 

 「ぼ く の だ ぞ !」

 

 私の前にヴィランおじさんが立ちふさがる。

 

 「違います!」

 

 おおう、千佳ちゃん即答即断だよ。

 

 「ちちちちちちちちちちち」

 

 「はいはい、そうですね~」

 

 千佳ちゃんの方に向き直ったおじさんは、当然私に背を向けてる。だからステージの袖の方に突き飛ばしてやろう。たぶん死なない。

 

 「ちかちゃああああああああああああああああああああ」


 あ、ごめんしゃべってる途中に突き飛ばしちゃった。派手に飛んで行ったなぁ……さて

 

 「え? なに? なにがおきた?」

 

 「小汚いおっさんがステージに上がってから記憶がねぇぞ」

 

 「あのひとだれ? なんでチカちゃん座り込んじゃってるの?」

 

 「マッシブレディだ! ウィスパーファイブが捕まえ損ねたやつ!」

 

 おおう、一気に騒がしくなっちゃって……さっきのおじさんの能力が解けたのかな。

 

 「入江千佳さん、私に連れ去られてもらえるかな?」

 

 私にはご当地とはいえ、アイドルを呼び捨てにしたりちゃん付けしたりする勇気はなかった。ヴィラン役の癖に情けない。

 

 「えっと? さっきのキモイひとは?」

 

 目の前で突き飛ばしたと思うよ? 私が。

 

 「私が突き飛ばしたら飛んで行ったよ」

 

 「助けてくれたの?」

 

 う~んそのつもりだったけど、そうは言えないよね。ヴィラン役だし。

 

 「まさか! 私もヴィランなんだよ? 入江千佳さんを(さら)いに来たの」

 

 「マッシブレディが入江千佳を攫うってよぉ!」

 

 「俺らのアイドルが連れ去られる!」

 

 「ヒーローだ! はやくウィスパーファイブを呼べ!」

 

 「スマホ受付に預けちまっただろうが! 取りに行くぞ!」

 

 うるさい観客たちだね。まぁ静まり返ってるよりいいかな。

 

 「うぎょぎょぎょぎょ!」

 

 「うわあああ」

 

 あ、戦闘員さんが出入り口塞いでる。いいね! ちゃんと状況みて判断してるぅ!

 

 「ヒーローは呼ばせないよぉ! 邪魔されちゃうと面倒だからね!」

 

 観客たちが状況をわかりやすいように言っておこう。

 

 「出入口は部下に固めさせたよ! 逃げられないからあきらめてね!」

 

 さて、入江千佳の相手に戻ろう。

 

 「マッシブレディ、私を攫ってどうするつもり? 私じゃなくて事務所をおそいなさいよ!」

 

 「えっと、なんで事務所?」

 

 事務所襲ってもヒーロー来ないじゃん。

 

 「お金が目当てなんでしょ! ハツカ堂ショッピングモールも、お金が欲しくて襲ったんだって報道されてるわよ!」

 

 あ~そういえば、理由を問い詰められて、とっさにお金が目的って言っちゃったっけ?

 

 「あ~うん、そうそう。入江千佳さんを攫ってお金稼ぎに利用するの」

 

 適当に話し合わせておこう。

 

 「それで、一緒に来てくれる?」

 

 「いやよ!」

 

 またしても即答即断。きっぱり断られてしまった。

 

 「じゃあむりやり攫っちゃうね」

 

 私は手をワキワキさせながら近づく。

 

 「いやぁ! こないでえええ!」

 

 尻もちをついたまま後ずさる入江千佳、うん。今の私は悪役だね!

 

 もう少しで入江千佳を捕まえられるってところで、市民会館の窓ガラスがパリーンした。

 

 「そこまでだ! ヴィラン!」

 

 はい、遅れて登場ありがとう。遅いよ!

 

 「ウィスパーレッド参上! お前らの好きにはさせなぃ……マッシブレディ?!」

 

 「ウィスパーピンク参上! 私があなたを更生させ……なんであなたがここに?!」

 

 あれ? あとの3人は?

 

 「小汚いおっさんヴィランだと聞いたぞ! マッシブレディ! はっ、お前まさか」

 

 「違うわ! どう見ても女でしょうが!」

 

 こいつ今の私を小汚いおっさんが変身した姿とか思ったな! 全然違うから!

 

 「小汚いおっさんヴィランならステージの袖で寝てるよ! 私は別件! OK?!」

 

 「あ、そうなのか……それは失礼したな」

 

 素直に謝るんだ。律儀な人だ。

 

 「うおおおお! ウィスパーファイブが来てくれたぞぉ!」

 

 「でもレッドとピンクしかいないぞ! 大丈夫なのか?!」

 

 「信じるんだ! ウィスパーファイブは信じる心が強くするって聞いたぞ!」

 

 「それ隣町のクレジットフィフスのことじゃね?」

 

 観客達が騒ぎながら椅子をどかして、観客席にスペース作ってる。なんというか連携すごいねみんな。

 

 私はステージの上から、観客席にできたスペースに立つレッドとピンクに話しかける。

 

 「なんで二人しかいないの? 小汚いからってヴィランを甘く見ちゃだめだよ?」

 

 そうそう、その結果私と出会ってるわけだし。5人がかりでも大変だったのにねぇ……

 

 「私とレッドがたまたま近くにいただけです! しばらくすればグリーンもイエローもブルーも来ます!」

 

 「それよりお前の目的はなんだ?! マッシブレディ!」

 

 ということは、普段から5人一緒にいるわけではないのかな。でもレッドとピンクは二人同時に来た……そして今日は休日……ははぁん?

 

 「ごめん!」

 

 私は謝った。それはもう90度腰を曲げて謝ったよ。

 

 「は? え、なんで突然謝るんだ? いやまぁ悪いことしてる自覚が出てきたのはいいことだけどさ」

 

 「突然謝られても困ります。反省してるなら自首してください」

 

 困惑してるね。でも、そうじゃないんだよ?

 

 「二人は今日デートしてたんだよね? そもそも小汚いおじさんヴィランが悪いとはいえ、私もレッドとピンクがデートしてるときに入江千佳さんを攫いに来たの。デートの邪魔しちゃってごめん!」

 

 「ちちちち違うから! デートとかじゃないからたまたまだから! な! きにすんなよマッシブレディ?!」

 

 「そそそそそうですよ! たまたま近くにいるときに事件の連絡がきただけですから! そういう気の使いか方しなくていいですから!」 

 

 息ピッタリかよ。絶対ヒーロー活動以外でも交流あるじゃん。

 

 「レッドとピンクが? まじかよピンクの声に惚れてたのに」

 

 「ピンクちゃん……そっか、君が幸せなら俺は、君の隣にいなくてもいい……」

 

 「レッド様が……そんな……」

 

 観客たちまでダメージ受けてる……やっぱり面白い! 私の一挙手一投足にいろんな人が反応してる! たのしい!

 

 「さて、じゃあ始めようか。かかっておいで」

 

 「この雰囲気のまま戦えってのか!」

 

 「もう帰りたいです……」

 

 なんていうかさ、この町の人たちってヒーロー含めてノリがいいよね。レッドとか突っ込みいれてくれるし。

 

 「戦わないならいいよ? 入江千佳さん攫って行くからね」

 

 「助けてぇ! ウィスパーファイブぅ!」

 

 入江千佳が涙目だよ。私ってそんなに怖い? 今の会話の流れで涙は出ないと思うんだけど……

 

 「今助ける! いくぞぉ!」

 

 「はいぃ!」

 

 もうなんかやけくそ気味に叫んでるね。

 

 レッドが剣を出して突っ込んで来てる。ピンクはレッドの後ろでステッキ構えてるね。

 

 それにしたって遅いよね、レッドの攻撃。

 

 「ほいっと」

 

 一直線の刺突を指でつまんで止める。

 

 「くそ! やっぱり単純な攻撃は効かないか!」

 

 いや効くよ? 遅くなければね。

 

 「ウィンドショット!」

 

 お、撃ってきたね風系の謎攻撃。でもそれレッドが離脱する前提の攻撃だよね?

 

 レッド君の剣は、まだ私がつまんだままなのだよピンク君。


 「は、はなせ!」

 

 「やぁだぁ」

 

 ギャル風に拒否ってみる。

 

 「レッド! 避けてぇ」

 

 「うわあああああああ」

 

 私の代わりにウィンドショットを受けたレッドは、市民会館の天井にたたきつけられる。まぁ大した威力じゃないんだけど。

 

 「レッドぉ!」

 

 ピンクがレッドの着地点に走っていってる。受け止める気? あぶないよ。

 

 「ピンク! 避けろぉ」

 

 そうそう、約60キロ(目測)の自由落下する重り(レッド)を受け止めようとするのはよしなさい。

 

 私はステージからピンクの目の前に飛び込んで、ピンクを足払いでこかす。


 次いでレッドの着地点に行って受け止めてあげる。

 

 「なっ」

 

 「はい、捕まえた」

 

 「しまったぁ!」

 

 「レッドォ!」

 

 お姫様抱っこで受け止めたレッドを一旦下ろして膝立ちにさせ、腕の関節を極める。これでレッドは無力化完了。起き上がる途中のピンクも動きが止まる。いいね。

 

 「動いちゃだめだよ? 腕が折れちゃうからね。ピンク、君に言ってるんだよ?」

 

 にやにやしながらレッドとピンクを交互にみる。すごい悔しそうな顔してるね。いやマスクで顔は見えないけど、たぶん悔しそうな顔してるよ。

 

 「やべぇよやべぇよ。ウィスパーレッドとピンク、完全に遊ばれてるよぉ」

 

 「完全に関節が極まってる。あれじゃレッドはうごけねぇし……」

 

 「恋人のレッドが人質状態じゃ、ピンクも動けないってことか……」

 

 「あれは背面腕(ひし)ぎ逆ねじり絞首刑ロックだ! 腕の骨を犠牲にしないと絶対に外れない関節の極め方だぜ! これではレッドが効き手である右腕の骨を犠牲にしないと脱出は不可能!」

 

 観客の中に解説キャラ紛れてない? 聞いたことない技名が聞こえたけど……

 

 「背面腕拉ぎ逆ねじり絞首刑ロック……それが外れればレッドは助かるのね?」 

 

 ピンクが一発で技名覚えた! 私には無理。いや負けたくない!

 

 「あきらめなよピンク。恋人の腕がハイメンガクヒシギギャクネジリロック極められてるんだよ?」

 

 合ってる? たぶんあってる。

 

 「おい、背面ガクって間違えてるうえに噛んでないか?」

 

 「間違ってるし噛んでるな。正しくは背面”腕”拉ぎだな」

 

 「つまりマッシブレディは、背面”逆”拉ぎ”逆”ねじりって、二回逆って言ってるのか?」

 

 「しかも絞首刑を抜かしてるぜ」

 

 やめろぉ! 粗探しするなぁ! 一発で覚えられるかそんなもん!

 

 「うるさぁい!」

 

 私はレッドのお尻を、ピンクの方に跳んでいくように蹴飛ばす。もちろん腕は放してあげた。

 

 「うわああああ」

 

 「きゃあああああ」

 

 その時、割れた窓から遅れてやってきた、ウィスパーイエローグリーンブルーの3人が見たものは……

 

 「す、すまん、、、ピンク……」

 

 「レッド……レッドが無事なら、それでいいの」

 

 衆人環視の中ピンクを押して押すレッドの姿だった……てね。

 

 「なにやってんだレッドおおおおおおお」

 

 「僕らが必死に急いで駆けつけてるときに何してるんですか!」

 

 「我らの友情もここまでか……」

 

 「油断しすぎだよ」

 

 私は3人かたまってるところに突っ込んで、全員を斜め上に吹き飛ばす。

 

 「はい、おしまい」

 

 クルリとステージに向き直ると、唖然としてる入江千佳の方に歩いて近づいていく。

 

 あ、しまった普通に倒しちゃった。どうやって逃げ出そう……

 

 ガタ

 

 ん? あ、観客の一人が椅子をもって走って来る。私と戦うつもり? まじ?

 

 ……いや違う! 目がうつろだし無表情だ。

 

 はっとしてステージを見ると、匍匐前進(ほふくぜんしん)のように這いずって出てくる小汚いおじさんが見えた。

 

 ドガッていう鈍い音がして、私は椅子をたたきつけられる。適当にダメージ受けたふりして遠ざかる。

 

 「ぼ、ぼくの愛をじゃ、邪魔するからだ!」

 

 全然痛くないけど、反撃はできないね。一般人を傷つけちゃだめだし……逃げ回るにしても観客の数が多すぎるし……

 

 椅子を持った人からは遠ざかったけど、当然後ろにも観客がいる。ふらついたふりしてたら羽交い絞めにされてしまった。

 

 あ~どうしよう。無理に抜け出したらケガさせそう。

 

 「き、効いてるぞ! もも、もっとやれ! い、痛めつけろ!」

 

 おじさんめっちゃうれしそうだけど、全然聞いてないからね?

 

 羽交い絞めにされた私に、どんどん観客たちが集まって来る。みんな椅子やバッグ、あるいは拳で殴りかかって来る。

 

 うわぁこわ、痛くないって解っててもこれだけの人が攻撃してくると怖いね。

 

 「ドゥフ、ドゥフフフフフ」

 

 おじさんの笑い方が絶望的に気持ち悪いね。

 

 とりあえず痛そうな声出して油断させつつ時間稼ぎしようかな。 

 

 「グア、アグ、ガア、アグ」

 

 すごい単調になっちゃった。

 

 しかしすごい絵面だよね。人々が寄ってたかったコスプレしてる女の子を殴りまくる絵だよこれ。

 

 「や、やめろ! みんなやめるんだ! そんなことしちゃダメだあああああ!」

 

 レッドがかっこいいこと言ってるけど、効いてないから大丈夫です。

 

 「ピンク! 頼む! みんなを止めるのを手伝ってくれ!」

 

 「え、でも……」

 

 「ヴィランだからって何してもいいわけじゃない! それにあんなリンチみたいに殴ったらいくらなんでも死んでしまう! みんなが殺してしまう!」

 

 「うん。わかった!」

 

 「ウグ、グウ、エグ、グエ」

 

 う~ん、死ぬどころか痛くもかゆくもない。それよりどうしよう、悲鳴のレパートリーが尽きそうだよ……

 

 「お、おい動くなヒーロー! 動くとちちち、チカちゃんが、ひひひひひ酷い目にあう! ぞ!」

 

 「な! お前どれだけのことをすれば気が済むんだ!」

 

 「は、は~いみんな注目~」

 

 声小っさ?! セリフと音量がミスマッチすぎる。囁きかと思った。

 

 でも人を操る能力のおかげか、観客たちは私を殴るのをやめて小汚いおじさんに注目してる。

 

 羽交い絞めにされたままだけど緩んでるから、倒れこむ感じで抜け出そうかな。

 

 ドサリ 

 

 「ま、マッシブレディが……」

 

 生きてる生きてる。安心しておじさんに注目しててくれる?

 

 「いやああああ放してぇ! 誰か助けてぇ!」

 

 めっちゃ嫌がってる。倒れるとき顔の向きを間違えたせいで見れない! 床しか見えない!

 

 「ここここここれかりゃ! チカちゃんと! 僕は、あ、ああ、ああああ、あああ愛し合いたいとおみょいます!」

 

 あ~そういう感じ? それは止めないといかんね。

 

 「ね、ねぇチカちゃん」

 

 いたぶられてぼろぼろな風を装って話しかける。

 

 「ま、まだしゃ、しゃべれたんだ。ああ、あんなにいためつけた、のに」

 

 「私と、そ、の、おじさん……攫われ、るなら、どっちがいい?」

 

 「ぇ、、それ、は……」

 

 「ぼぼぼ、僕、だよね? い、いっぱい、あ、愛してあげ、あげるよ?」

 

 「……ィ」

 

 「な、なに? きき、きこえないよぉ……」

 

 「マッシブレディ! マッシブレディがいい!」

 

 さすがアイドル! 声量があるからよく聞こえるね!

 

 そして私がいいなら攫ってあげよう。そしておじさんはヒーローに押し付け……譲ろう!

 

 私は即座に起き上がってステージに行って、入江千佳を押し倒してるおじさんの横に立つ。

 

 「え?」

  

 右手でおじさんの肩を叩いてあげる。肩たたきするみたいにトンって。いやちょっと違うかな、肩じゃなくて首の付け根あたりを、斜め上からかな。

 

 「う……」

 

 これは相手の脳を揺らして意識を奪う方法。ちなみに、バトル漫画(ド〇ゴン〇ールとか)でよく見る、首の後ろにチョップする奴は、実はかなり危険な行為なんだってさ。

 

 入江千佳に倒れこもうとするおじさんの襟をつかんで、レッドの方に投げる。

 

 「それはあげる」

 

 あおむけに倒れたまま、私の方をぼうっと見てる入江千佳。そんなに見つめなくても本当に攫ったりしないから大丈夫。

 

 私は入江千佳のそばにしゃがんで話しかける。

 

 「今日は疲れたから、攫うのはまた今度にするね」

 

 「ふぇ……」

 

 ふぇって何よ。

 

 「やっべえええええマッシブレディ殴っちゃったよ俺! お腹すげぇ柔らかかった!」

 

 「俺なんか後ろから抱き着いちまったぜ! なんかいい匂いしたわ!」

 

 「私本革のバッグの硬いところで叩いちゃった! どうしようふっとばされるぅ!」

 

 「こんな重い椅子で殴るとか! 女の子殴るとか! 俺マジ最低じゃん!」

 

 なんで私を殴ったときのこと覚えてるの? 最初は操られてる時のこと覚えてなかったよね? あといちいち感想言わないでもらえるかな。

 

 「「「「うぎょぎょぎょぎょ!」」」」

 

 「「「うわああああああああ」」」

 

 そして戦闘員の奇声は”うぎょぎょぎょぎょ!”で決定なんだね。

 

 「あ、まて! いろいろ聞きたいことがある!」

 

 さっきまで空気だったレッドが何か言ってる。

 

 「なんで答えなきゃいけないの? 疲れたから帰るね」

 

 戦闘員が私を担いで出口に走る。ショッピングモールの時もこうやって退場した気がする。

 

 適当に吹っ飛ばしたイエローとブルーとグリーンをちらっと見た。大丈夫死んでない。重症も負ってない……と思う!

 

 とりあえず禁則事項に触れなかったことに安心しつつ、プリアスに担ぎ込まれそのまま帰還となった。

 

 

 

 

 

 次の日、私はまたヨウキ組のマンションに来ていた。

 

 なぜかって? 木下に呼ばれたからだよ。

 

 ガチャってドアを開けたら、満面の笑みの木下が出てきた。

 

 「後藤さん! いやあ二回目のおしご」

 

 ガチャ

 

 木下の笑顔が嫌すぎて思わず閉めた。

 

 すぐにドアが開いて、木下が”とりあえず中へ”というので、しぶしぶ入る。

 

 「二回目のお仕事お疲れさまでした。いやぁ、予想外の展開で予想以上の結果に終わりましたね!」

 

 「はぁ、まぁヴィランがいたのは予想外だったね」

 

 「いえいえ、それもまぁ予想外なのですがね。マッシブレディの評判の話ですよ」

 

 評判? 悪くなるようなことしたかな……いや悪いことしかしてないか。

 

 「知らないんですか? マッシブレディ実は優しくていい匂いがして、ほっそりしたお腹が柔らかいと評判に」

 

 あの観客ども、口をきけなくしてやればよかった!

 

 「ああ冗談ですよ。そんな怖い顔しないでください」

 

 「その冗談っていうのは本題じゃないってだけで、実際その評判というか噂は流れてるんでしょ?」

 

 「マッシブレディはヒーローより早く入江千佳のピンチに駆け付けて、操られて襲ってくる民間人を傷つけないために無抵抗で殴られて、最後はヒーローの代わりにヴィランを倒した。という話になっててですね」

 

 話になってるというか、ヒーローをいじめて遊んだことを除けば大体その通りな気がする。

 

 「で、実はマッシブレディはウィスパーファイブのライバルのダークヒーロー、もといダークヒロインなんじゃないかと噂されていますよ」

 

 「えぇ……」

 

 「わかっていますよ。後藤さんはお金が欲しいからヴィラン役をやっているんですよね。わかっています」

 

 「その言い方だと私が実は悪いやつみたいじゃん」

 

 「いえいえそういう意味ではなく、ヴィラン役を演じていてますがヴィランでもヒーローでもないんですよねって話です」

 

 そう? まぁそうだけど。

 

 「ところで、そのダークヒロインなマッシブレディの下で働きたいっていう戦闘員がたくさんいるんですけど、どうします?」

 

 「私はダークヒロインとかじゃないんで、どうもしません」

 

 「ですよねー」

 

 「お給料、振り込んでおいてくださいね」

 

 「わかってますよ。昨日はお疲れさまでした」

 

 ふぅ、じゃあ帰ろうかな。

 

 「あ、ちょっと待ってください」

 

 えぇ……まだ何かあるの?

 

 「これ見てください」

 

 木下はパソコンの画面で動画サイトを見せてきた。そこには……

 

 「え、昨日の市民会館……?」

 

 「マッシブレディの活躍が動画サイトに上がっててですね。ファンサイトができてるんですよ」

 

 誰だ! 操られながらもカメラを回し続けたアホは!

 

 「というかヴィランのファンサイトってマジですか」

 

 「マジです。これからは嫌われない程度にお仕事しましょうね」

 

 それは困る! 悪役プレイが楽しい……じゃなくて、お金が欲しい!

 

 「ああはい、思ってること顔に出てますよ後藤さん。やっぱり路線は変えず悪役で行きましょう」

 

 「そうする」

 

 お仕事2回目にしてファンサイトができるって、悪役としてどうなの……?

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