7:ダンジョンと、迷宮作りの第一歩。
突然だが、人間という種族は時間を表すときに日や年の他に、週や月、時間、分、秒などといった単位を使うらしい。まあシュート曰く、人間でもない限りは日と年だけ覚えておけば充分だそうだ。
なぜ急にそんな話になったのかというと、今日でシュートと出会ってから三十日。つまり、一ヶ月目になるからである。
「シュート、どう?」
「おう、一応入れる。通路もまあ……贅沢言わなきゃなんとか通れるな」
そして、今日はようやくシュートも入れる広さの洞穴が完成した日でもある。
とは言っても、シュートの入れる部屋数は二つだけだし、それらをつなぐ通路も随分と狭い。ボクは当然余裕で通れるのだが、シュートは体を折り畳まないと通ることができないようになってしまっている。
「しかし、こりゃあ光源の確保が問題だな」
「光源?」
「ああ。お前さんはまあ光が無くてもなんとかなるんだろうけどな、俺にはちょっとばかし暗すぎる」
その上、奥の部屋は光が入らないという問題まで出てきた。ボクは地面と感覚が繋がっているので、別に暗くても問題はなかったのだが、どうもシュートはそうではないらしい。これから新たな精霊やモンスターを住まわせて行くにしても、光源は絶対に必要なのだとか。
「シュートが前居たところではどうしてたの?」
「んー、確か霊力に反応して光るコケを栽培してたんだが……。この島にあるかねえ」
「……探してみよっか」
「……だな」
シュートに『コケ』という植物の特徴を教えてもらい、探索を開始する。
「緑で……平べったくて……モサモサ……」
ゴロゴロと地面を転がりながらそれらしいものを探すが、なかなか見つからない。というか、見つけたところでボクでは運べないのではないのだろうか?なにぶん、手も足もない体だ。
まあ、見つけたときはシュートを呼べばいいか。そう結論づけて、捜索を続行する。
「にしても、なかなか見つかんないなー」
ボクは、『根』が切れないように、ボクが寄生している範囲でしか動けない。当然その範囲は島全体からしたら微々たるものらしく、捜索の大部分はシュートに頼りっきりになってしまう。
シュートは、「俺のためにやってることだから気にすんな」などと言ってくれているが、それでもやっぱり気が引けてしまう。出会ってから今まで、ずっと助けられっぱなしな上に、何かを返せているとも思えない。一生かかっても返しきれない恩ができそうな、そんな予感さえする。
まあ、そうなったらそうなったで、どうせシュートは「気にするな」としか言わないんだろうな。
見慣れた『自分』の上にお目当てのものがないことを確認し終えてしまうと、急にやることがなくなってしまう。ボクは、意味もなく空を見上げた。
目の覚めるような、一面の青。心地よい風が僕のつるりとした体を撫でていく。疲れを感じない体ではあるけれど、なんとなく癒されるような感覚が体に満ちていく。
時折、白い塊ーー雲、というのだそうだーーが流れていくのが見える。空から降ってくる水の粒は雨と言い、あの雲というものから降ってくる。雨を降らせる雲は灰色っぽくて、そうじゃない雲は白くてキレイだ。青と白のきっぱりとしたコントラストは、いつも目に心地よく映る。
空についてもシュートからいろいろ聞いた。雨の後には虹が架かることがあるとか、雨がひどいときには雷が落ちることがあるとか。日が沈んだ後に昇るのは月や星なのだいうことも、時折流れ星なるものが夜空を横切るということも教わった。
「……受け取ってばかりだなぁ、ボク」
分かり切っていることを、再確認するようにつぶやく。
それを返す方法は、結局の所ダンジョンとして成長する事だけだ。それも分かり切っている。分かり切っているからこそ、どうにも焦ってしまうのだ。
ダンジョンというものは、ほかの精霊と違い、成長速度の個体差が激しいという。根を張った位置によって、霊脈の質が違うからなのだそうだ。
質のいい霊脈に根を張ったダンジョンは、一年と経たずに人型にまでなれることもあるらしい。逆に、質の悪い霊脈に根を張ったダンジョンは、何十年かけても言葉すら話せるようにならないのだとか。
まあ、この二つは非常に極端な例なのであまり参考にはなりそうもない。
シュートの見立てでは、ボクも相当成長の早いダンジョンらしいが、それでも人型になるにはもう二、三年かかりそうだ、と言っていた。なんとももどかしいことだ。いくら極端な例とはいえ、自分よりも圧倒的に早く成長するダンジョンの話を聞いてしまった後だと、焦る気持ちも倍増である。
「おーい。シディ、どこだー」
遠くから、シュートの声が聞こえてくる。
「コケ、見つかったぞー」
どうやら、お目当てのものが見つかったらしい。なんとも仕事の速い精霊である。
「待ってて、いまいくー」
ボクも、間延びした声で返事をする。
ゴロゴロとシュートの方へ転がりながらも、ボクはどうやったら早く成長して立派な迷宮を作れるのか、そんなことばかり考えていた。周囲に大型のモンスターがいないのもあって、気が抜けていたのだろう。
「うわわっ!?」
いつもなら引っかからないような地面の出っ張りに引っかかって、あらぬ方向へと転がっていってしまった。
慌てて進行方向の地面を動かして、ボクを受け止める壁を作る。
少し地面がいつもより重いかな?もしかしたら小さい生き物が乗っていたところを動かしてしまったのかもしれない。
そう思って、後ろに意識を寄せた瞬間。
水の塊が、ボクにぶつかってきた。あれ?こんなところに水たまりは無かったはずだけど……。
不思議に思って、周囲を見渡してみると、ボクにぶつかってきた水が動き出した。
「……え」
呆然とするボクをよそに、地面にぶちまけられていたその水は、地中に染み込んでいくことなく、一つにまとまっていく。
最終的に、球体を上下から少し押しつぶしたような水の塊が、ボクの目の前でプルプルとふるえていた。
「……なんだ、これ」