5:ダンジョンは、名前が欲しい。
ちょっと短めの回です。
「名前って、何?」
そのボクの問いに、目の前の精霊ーーシュートは、ビシリと音を立てて固まった。
「……そこからか」
やがて、肩をがっくりと落としたのだった。
◇◇◇
「いいか、俺は風の精霊だ」
「うん」
少したって、持ち直したシュートが説明をしてくれる。本当に面倒見が良い精霊だ。
「今この場で、風の精霊って言やあ俺しかいねえ。この場で『風の精霊さん』って呼びかけりゃ、俺しか反応しねえ」
「そうだね」
「だが、別のトコに行きゃ違う。風の精霊ってのは世界中にわんさかいる」
「ふむふむ」
「下手すりゃ、百人ぐらい風の精霊がいる中に俺が混じってる、なんてこともあるわけだ」
「うん」
「そんなときに、俺を呼び出すために『風の精霊さ~ん』なんて呼びかけて、まともに通じると思うか?」
「ううん」
ボクは、体を横に振った。普通に考えれば、その場のすべての風の精霊が反応してしまうだろう。
「そこで、個々の名前ってのが必要になってくる。例えばさっき言った状況で、『シュート』だの『シュトゥルム』だのって呼びかけりゃどうなる?」
「……シュートが出てくる」
「そうだ。まあ、二、三人は名前が被ってるやつがいるかもしれねえが、そこは顔見りゃわかんだろ。だから名前ってのがあると便利だっつー話なんだが……」
「ボクには、無いね」
だよなあ、といってシュートは顎をさすり始めた。
んー、こういうときは、一つぐらいしか出来ることがないと思うんだけどなあ。
「ねえ、シュート」
「あん?」
「名前、つけてよ」
「……」
すると、シュートは物凄くいやそうな顔を返してきた。
「な、なにさ」
「……いや、俺ってそういうセンスまったくねえんだよ」
「いいからいいから」
「……文句言うなよ」
◇◇◇
「ダンジョンだから、ダン」
「……安直すぎない?」
「じゃあ、ジョン」
「あんま変わんないよね」
「丸っこいから、タマ」
「うーん」
「……コロコロ転がるから、コロ」
「むー」
「黒っぽいから、クロ」
「もう一声」
「うっせえなあ!文句言うなよっつったろうが!」
どうやら、シュートも我慢の限界がきたらしい。唐突に声を荒げて、地面に拳をたたきつけた。
その衝撃で、ちょっとボクの体が飛び跳ねた。
「ごめんごめん、そう怒んないで。あと一回で良いから、何か考えて欲しいな」
「めんどくせえなあ……。じゃあ、オブシディアンっぽいから、シディで」
「オブシディアンって?」
ボクからの質問に、今日一番のため息が炸裂した。相当イライラしてきたらしい。
「はあ……。黒曜石のことだよ」
「黒曜石って?」
「ああもう!要はお前さんみてえな黒くて透き通った石っころだよ!」
「なるほど」
しかし、シディ……シディか。
「うん、気に入った。ボクは、今日からシディだ!」
「……そうかよ。そいつはおめでとさん」
疲れ切った顔で返してくるシュート。
「よろしく、シュート」
「よろしくな、シディ」
そういって、ボクは自分の体をシュートの拳に軽くぶつける。
カキン、と軽やかな音が体中を満たすように鳴り響いた。