4:ダンジョンと、新たな住人。
「はじめまして、ってやつだな。よろしく、ダンジョン」
ボクを救ったのであろう生き物は、ボクにそう声をかけてきた。
「ダン、ジョン?……って、何?」
しかしボクは、相手の言葉の意味がわからなかった。
相手は、ボクのその言葉に、しばらく呆然としたあとーー
「……そこからか」
がっくりと、うなだれた。
◇◇◇
「それでな。いいか、とりあえずお前さんはダンジョンっつー生き物だ」
「うん」
ところは変わってボクの掘った穴の付近。その生き物ーー風の精霊とやらは、ボクの何倍も大きく、当然穴の中にははいれなかった。仕方なく、穴の付近にどっかりと座り込んで話を続けることとなったのである。
ボクが体の部位の名称さえ満足に知らなかったのに驚き、一個一個丁寧に教えてくれた。ちなみに、体から突き出ている棒状のモノは、腕とか脚とか言うらしい。
「ダンジョンってのは、大地に寄生する精霊の一種で、俺たちの仲間ってことになる」
「寄生って?」
「ここらへんの地面はお前さんの思うように動かせるんだろ?それも、魔法とかじゃなくお前さんの体の一部として。自分じゃねぇモンにひっついて、自分の都合のいいように動かしたりすることを寄生っつーんだ」
「へー」
この精霊は、ボクよりもずっと長く生きているらしく、いろいろなことを知っていた。
「んでまぁ、お前さんたちダンジョンは、俺たちほかの精霊だのモンスターだのにとっちゃ非常に価値のある存在だ」
「……どうして?」
ついつい疑わしげな声をだしてしまう。ボクは、そのモンスターとやらにさんざん狙われたのだが。
「まあ聞け。まずお前さんは地下深くの『霊脈』ってとこまで根っこみてえのを張ってるはずだ。そこには俺たち精霊やモンスターにとっちゃ、普通の食いもんよりも重要な霊力ってのが流れてる。魔力っていう場合もあるがな」
「うん」
霊脈やら霊力やらといった名前は知らないが、確かに心当たりはある。
「しかし、だ。その霊脈は随分と深えトコにあるせいで、普通は俺たちが住んでる地上にまで霊力は届かねえ。火山とかの特殊なとこはまた別だがな」
「じゃあ、どうするの?」
聞いた限り、無くてもギリギリ生きていけそうな雰囲気は漂っているが、それでもあった方が望ましいのは確かだろう。
「おうよ。そこでお前さんたちダンジョンが重要になってくる」
「ボク?」
「ああ。お前さんは大地に寄生するために、根っこから吸い上げた霊力を周りにバラまいてるだろ?」
「うん。……バラまくって言うか、染み込ませてる感じだけど」
「ああ。お前さんが大地に染み込ませた霊力は、俺たちにも使えるようになるんだよ。お前さん風に言うと、地面から染み出してくるんだ。要は、お前さんたちダンジョンが、俺たちが普通なら使えねえような深いところにある霊脈から、霊力を使いやすい場所まで引っ張ってきてくれるってこった」
「おお……」
なんと。ボクはそんなに重要な役割を果たしていたのか。
あれ?でも、そうすると余計にわからないことがある。
「なのに、どうしてモンスターが襲ってくるの?」
「ああ、そりゃ簡単だ。お前さん自身は霊力の塊だからな。事情を理解できるだけの理性のないモンスターにとっちゃ最高のごちそうでしかねえんだよ」
「……」
ぞわり、と体中に寒気が走る。つまり、この精霊がいなければ、あのワイバーンとやらから逃げ切っていたとしても、ボクはどこかで食べられて死んでしまう可能性が非常に高かった、ということなのだろう。
「そんなときのために、ダンジョンは俺みたいな精霊を住まわせたり、自分でモンスターを生み出したりして自分を守ってもらうんだ」
「モンスターを、生み出す?」
「おうよ。聞いた話だと、有り余る霊力を練りこんでどうこうするとか。たいていは外にいるモンスターを真似て作るんだが、歳を取って強くなったダンジョンは、他にはいねえような、新種のモンスターを生み出すこともあるらしい」
「……襲われたり、しない?」
「しねえよ。ダンジョン産のモンスターってのは、みんなダンジョンの言うこと聞くようにできてんだ」
「……ホント?」
モンスターに襲われ続けていた身としては、にわかには信じがたい話だ。
「ホントだっつーの。それでよ、ここからが本題なんだが」
「……何?」
少しだけ、目の前の精霊の雰囲気が鋭くなる。つられて、ボクも少し緊張してしまう。
「俺を、お前さんのとこに住まわせてくんねえか?」
「……そんなことでいいの?」
態度の変化の割には軽めの内容に、少々拍子抜けしてしまう。なんかこう、もっと無理難題を押しつけられると思っていた。
「ああ。頼めるか?」
「別にいいけど……そっちこそいいの?大分守ってもらうことになりそうだけど」
「そこは別に構わねえよ、お互い様ってやつだな。俺の方もこれが死活問題でな、前住んでたダンジョンを追い出されちまったんだ」
「……なんで?」
少なくとも、悪い相手には見えないのだが、何か問題でも起こしたのだろうか。
「そんな警戒すんなよ。単に前のダンジョンが手狭になっちまってな、若くて自分でどうにかなりそうな奴らはでてけっつー話になったんだよ」
「若いって……どれくらい生きてるの?」
「百年ぐらいだな」
「百年ってどれくらい?」
「そこからか」
はあ、とため息をつきながらも、説明してくれる。案外お人好しな精霊なのかもしれない。
「いいか、まず太陽が昇って、沈んで、また上る直前までが一日だ」
「うんうん」
「一日をだいたい三百六十回繰り返しゃ一年だ」
「うん?」
「そんでそれを百回繰り返せば百年だよ」
「……それでも若いの?」
つい最近生まれたボクには途方もない時間だ。
「まだまだ若えよ。大精霊様なんざ最低でも千年は生きてるっつー話だしな」
「……すごい世界だね」
「……まあな」
二人してなんだか遠い目をしてしまう。……いや、僕に目は無いけどね。
「まあ、住んで良いってことなら、よろしくな。俺はシュトゥルム。シュートで良い。お前は?」
「……?」
シュトゥルム?シュート?なにを言い出しているのだろうか。それに、ボクも何か言わなければならないのだろうか?
「なに不思議そうにしてんだ。名前だよ、名前。お前の名前はなんだ、って聞いてんだ」
……なるほど。そういうことか。ならば、ボクはこう答えるしかない。
「……名前って、何?」