3:それでもやっぱり、外には出たい。
大きい奴に襲われかけてからそれなりに経った。ボクは、大きい奴の感触がないタイミングを見計らっては外を探索している。
比較的小さい奴ーー最大でボクより一回り大きいぐらいの奴らは、ボクを見かけても襲いかかってこない。それどころか、全く脅威としてさえとらえていないようで、ボクが近づいても地面から生えた緑色の何かを食いちぎっては飲み込んで行くばかりである。
それと、警戒すべき相手は空にもいるということに最近気がついた。どうやっているのかはわからないが、空にも大小様々な何かが行き来しているのである。例によって小さめの奴らはボクに興味を示さないのだが、大きい奴は積極的に襲いかかってくる。二、三度ボク以外の小さい奴が仕留められるのを見たことさえある。地上を歩く奴と同じように、体から突き出ていて地面に押し当てる棒状の部分には、鋭く硬そうなモノが備わっている。
地上を歩いてくる奴はまだ良い方だ。ボクを染み込ませた部分に入ってくればすぐわかるから、安全に逃げることができる。問題は、空から襲ってくる奴らである。地面を歩いてこないから、直前ぎりぎりまで危険を察知できない。真上に来れば影ができるから多少はわかるのだが、向こうもそれほどバカではないらしく、斜め上の気づきにくい場所から猛スピードで突っ込んで来る。
気づいたらすぐに逃げられるようにと、緊急避難用の穴をいくつも用意することにしたのだが、そうすると相手は穴の周りに待ち伏せて、逃げてきた僕を襲ってくるようになった。どうにも相手はボクよりも頭が回る相手らしい。……単にボクの思考がお粗末というだけかも知れないが。
しかしボクもやられっぱなしではいられない。そこで新しく対策として作ったのが、薄いふただけかぶせてある避難用の穴だ。周りの地面と見分けがつかないよう細心の注意を払って穴に薄いふたをかぶせ、いざピンチとなったらふたを開けて逃げ込む。比較的安全な時を見計らって穴の位置も変えており、これによって待ち伏せされることも大幅に減った。
今やこの地中はボクの意志によって姿を変える網の目状の通路が張り巡らされており、本当に余裕がないときはいきなり地面に大穴を開けてどれか一本に逃げ込むこともできる。通路は狭く作ってあるから、大きい奴らはどう頑張ってもそこから先へは追って来れない。……ソレをしてしまうと通路の修復がとても大変なんだけど、そこは必要な手間だと考えている。
度重なる探索の中で、ほかにも変わったことがある。ボクの掘った穴の中に、小さい奴らが住み着くようになったのだ。ある時ボク自身の出入り口として常時開けている穴から入ってきて、穴の中で暮らすようになった。ボク用に掘った穴なので、当然僕より一回りも二回りも大きい奴らはさすがに入ってこれない。住み着いたのはボクより小さい奴らが大半だ。
それに、住み着くといってもいついかなる時も穴に閉じこもっているというわけではないようだ。時折外に出かけては、緑色の物体やもっと小さい動く何かを持って戻ってくる。どうやらそれが奴らなりの食事らしい。別段僕に不都合があるわけでもないので、放っておくことにした。通路が詰まって通れないときは、僕なら新しい通路を掘って通れるし。
ただ、最近大きい奴らの数も増えてきたような気がする。しっかりと穴の中から確認しないと、おちおち外にも出られない。まあ、地中に引きこもっていても、地下深くに張った『根』から栄養が送られてくるから問題はないのだが、それではボクの好奇心が満たされない。
そんなこんなで、今日も今日とて探索に乗り出すことにした。
◇◇◇
「この転がらなきゃ動けないのはどうにかなんないかなぁ」
現状、ボクは転がるか地面ごと動かすかでしか移動できない。地面を動かすといろいろと目立つし面倒なので、転がって移動することにしている。くぼみにはまると抜け出すのにも一苦労だ。
小さい奴の、特にボクの穴に住み着いてる奴らなんかはときどき引っ張り上げてくれるけど、その助けが来ないときは地面ごと体を持ち上げて脱出するしかない。そうすると空から丸見えになってしまい襲われる、ということを何度か経験していた。
「まあ、他に方法なんてないんだけど」
もしかしたらあるのかもしれないけど、ボクはあんまり頭が回る方じゃない。たぶん考えるだけ時間の無駄だ。
そう結論づけて気持ちを切り替えると、前方に小さい奴らがかたまっていた。
この辺の小さい奴らにもいろいろな種類があり、細長く黒っぽい体を持っていたり、派手な色で特別小さい奴らもいたりする。
今目の前でかたまっているのは、ボクより少し小さいくらいの、白く、丸っこいモフモフしたやつだ。食事は地面から生えている緑色のモノですましているようで、ぴょこりと上に日本突き出た何かをひっきりなしに動かしていることが多い。
彼らとすれ違って転がっていくときに、そいつは現れた。
地面に向かって叩きつけるような猛スピードで、空から襲ってくる。狙いは白くて小さい奴ら。ただし、大きさが今までとは段違いだ。
一番最初に地上に出たときに襲ってきた奴の、三倍はあるだろうか。黒ずんで、ゴツゴツとした体から、地面に向かって四本突き出た棒状の部分には、今まで見たこともないような大きさと鋭さのモノが備わっている。
いつも空から襲ってくる奴らと違い、口とおぼしき部分には、地面を歩いて襲ってくる奴らのような鋭くとがったモノが溢れんばかりに生え揃い、ぬらぬらとした液をまとって寒々しく光っている。
体の上の部分には、空に向かって体よりも大きな二枚の大きな膜が突き出ており、いつも空から襲ってくる奴らに備わっているものとは見た目の質感こそ違うものの、空を飛ぶには不自由しなさそうだった。
今は白くて小さい奴らに注意を向けているようだが、あの巨躯がその程度の食事に満足できるとはとうてい思えない。すぐに、逃げないと。
そう思って、コロリ、と転がったのが良くなかった。デカブツの注意が、僕に向いたのだ。
「グオオオオオォォォォォ!!」
今まで聞いたこともないような爆音に、体がビリビリと震え、しびれて動かなくなる。その衝撃は凄まじく、この近辺に張り巡らされた地下通路があらかた崩れてしまったようだ。少し遠くの方の通路は無事なようだが、今この状況においては何の朗報でもない。
逃げ道は、すべて消えてしまった。おまけに、白い方よりも僕を先に食べる気でいるようだ。
……死んだ。もうダメだ。
そんな思考と同時に、デカブツがこちらに一歩踏み出してきた。
そして、ためらうことなくボクに口を近づけ一口にーー
「……へっ?」
ーー飲み込むことは、なかった。
突然吹いた風が、ボクを空高く巻き上げてデカブツから逃がしたのだ。予期せぬ浮遊感のあと、何かひらひらとした薄いものにすっぽりと包まれる。
「グオオオオオォォォォォ!!」
下から、ボクを逃がしたデカブツの咆哮が聞こえてくる。
が、それよりも、ボクは、おそらくボクを救ったのであろう生き物の姿に目を奪われていた。
「ったく、ありゃワイバーンか?ダンジョンを喰おうとするとか、これだから理性のねぇモンスターは……」
言葉を、話した。おおよそ僕が芽生えてから会った生き物の中で、初めてボクに理解のできる音を発した。
その衝撃もさることながら、僕を驚かせる事実がもう一つあった。
「膜みたいなのが、無い……?」
その生き物は、今までみた空を飛ぶ奴らとは全く違った体をしていた。さっきのデカブツもそうだが、空を飛ぶ奴らは、たいてい体よりも大きい膜が二枚か四枚ほど備わっている。それを動かして空を飛んでいるようだった。
しかし、ボクを助けたその生き物は、そんなもの一切持ち合わせてはいなかった。ほかの生き物達と比べて丸みを失った体つき。体から四本棒状のモノが突き出てこそいるが、今までみた奴らとは明らかに突き出る方向や動かし方が違う。
「ん?お前さん喋れるのか。割と成長早ぇみてえだな」
ま、いっか。そうつぶやいたその生き物は、ワイバーン、と呼ばれたデカブツに向かって棒状の部分の内の一本を差し向けた。
その、直後。デカブツが、周囲の地面ごと吹っ飛んでいく。どうやら恐ろしく強い風が吹いたようで、周りにうずくまっていた白い奴らも巻き添えを食らって吹っ飛んでいく。
「よっと」
それを確認すると、ゆるゆると僕らの高度は下がり始め、僕を抱えたその生き物は地面に降りたった。
「はじめまして、ってやつだな。よろしく、ダンジョン」