閑話:龍のお使い
故郷を飛び立ち、早三か月。東の大陸でさまざまなゆりかごに会ってはいるが、中々思うような成果は出ない。まあ、任された仕事の内容としては、この大陸のゆりかごや人間の様子を調べられれば最低限の成果にはなるのだが。
「……やはり、人間が龍すら倒してのけるなど、信じてはもらえませんか」
無理もないことだ。私とて、一族の若い龍が斃れる光景を目にしなければ、半信半疑のままだったはず。
今のところ、三十ほどのゆりかごと話をしたが、協力の約束を取り付けられたのは二か所だけ。これでは先が思いやられる。
(というか、言葉もところどころ通じませんでしたし)
『ゆりかご』や『守り手』といった呼称は、こちらではすでに廃れてしまっていたらしい。五番目ほどに訪問した、精霊だらけのゆりかごに居た大精霊が教えてくれた。『ゆりかご』は『ダンジョン』、『守り手』は『ダンジョンマスター』。千年ほど前から、そんな風に置き換わっているそうだ。慣れない言葉だらけで気が滅入りそうになる。
まあ、そのゆりかごでは、そんな古臭い言葉を私のような若い龍が使っている、という事実がうまく働いてくれた。私の故郷がどこであるかという話をすぐに信じてくれたし、そこからの使いならば、ということで私の荒唐無稽にさえ思える『本題』を受け入れてくれたのである。
とはいえ、我々との協力を受け入れてくれたゆりかごはそこを含めてあと一つ。もう一方のゆりかごに至っては、話は信じていないけれど庇護が欲しい、というのが見え見えだった。まあ、話を聞くに自我が芽生えて数年しかたっていないという、まだかなり若いゆりかごだったので仕方ないと言えば仕方ない。
「一度、報告に戻るべきですかね」
幸いというかなんというか、この大陸に住まう霊長たちの技術はほとんど発達していないようだった。魔法の補助具は杖がせいぜいだし、武器も鉄器が主流。ゆりかごを使った魔導兵器など、影も形もない。
とはいえ、侮るべきではないだろう。霊長の恐ろしさは兵器を産み出す技術そのものではない。
知識が永遠に残り、技術が一瞬で伝播するその学習能力。そしてそれらを育む土壌となる高度な社会性だ。
この大陸も、今は脅威となる技術が伝わっていないだけ。彼らはすでに海を渡る力をもっているのだ。いつこの大陸にあのおぞましい技術が持ち込まれてもおかしくない。
一度報告に帰り、現状を整理。そしてどのような対策を取るべきか、ルナリア様やライカ様と相談するべきだろう。
そうと決まれば話は早い。翼を目一杯に広げて、勢いよく飛び立った。
眼下を森や山が勢いよく通り抜けていく。もうすぐでこの大陸ともお別れだ、というところで、海岸に妙なものを見つけた。
船だ。霊長が乗っている。漁をしている、というにはあまりに大きすぎる船。それに、帆の部分にある紋章。見覚えがある。あれは、確かーー私の故郷に戦争を仕掛けてきた船の紋章だ。
嫌な寒気が、体中を駆け巡る。
時間が引き延ばされ、嫌にぬるい空気が両翼に絡みついてくるような感覚の中ーー私は、悪意に満ちた笑顔を見た。
刹那、船から私へとむけてほとばしる閃光。視界が白に染まる中、なんとか直撃だけでも避けようと身をよじった。
「-----ッ!!?」
それでも身をかわし切れず、左の翼が撃ち抜かれてしまう。当然飛び続けてはいられず、地面がすさまじい勢いで迫ってくる。ロクに受け身もとれぬまま、大地にたたきつけられた。
「かはっ!?」
余りの衝撃に、肺の空気が一瞬で絞りつくされる。
痛みが治まるのを待ってはいられない。私は船の方に向き直ると、体内に魔力をみなぎらせた。深く息を吸い、空っぽになった肺を再び満たす。
同時に、船の方で再び魔力が膨れ上がっていくのを感じる。
私の口から閃光が放たれるのと、船から光線が飛び出してくるのは全く同じタイミングだった。
「オオオオオォォォォォ!!」
渾身の咆哮とともに、光の息吹を打ち出す。ルナリア様や一族の年上の龍には敵わないが、それでも私の全力の一撃である。
一瞬の時間すらおかず、二つの閃光が激突した。
あまりの轟音に世界が揺れる。海が逆巻き、浜が吹き飛び、岩礁は砕け散った。天の雲さえ散らしてのける衝突の果てにーー二つの光の奔流は、姿を消した。
(打ち消された!?)
すさまじい威力。まず間違いなく、例の兵器だろう。この大陸にまで進出してきたとは!
まずい。どうにかして手を打たなくては。この大陸のゆりかごたちは、まだ備えができていない。このまま彼らの上陸を許せば蹂躙されてしまうのは目に見えている。
(報告に戻ろう、という判断が遅すぎましたね……)
いや。今はそんな心配をしている場合ではない。私とて、不意をつかれて翼が使い物にならなくなっている。
まずは、どうにかしてこの場を切り抜けなくては。
隠れる?いや、ダメだ。私の体は、的としてあまりに大きすぎる。視線を遮れるようなものも、この海岸には存在しない。迎え撃つ、にはダメージが大きすぎる。先ほどのブレスも、連発できるような技ではない。今の私には魔力消費が激しすぎる。翼が使えない今、逃げるのも現実的ではない。
(どうするーー?)
万策尽きた、というほどではないが。できることは、かなり限られてしまっている。
そんな中、三度、船の中で魔力が膨れ上がるのを感じた。
(もう、ですか)
どんな連射性能だ。悪態をつきたくなるのを必死にこらえ、頭を巡らせる。何かないか。この状況を打破するものが。
ギリ、と歯噛みする。無茶を承知でもう一発、ブレスを放つべきか。
そんな逡巡をーー彼方からの突風が、吹き飛ばした。
突風。今まで凪いでいた海に、空気の塊が豪速でぶつかってきたのだ。船は帆をあおられて、あっさりと転覆してしまった。
一瞬遅れて砂塵が私の体に降りかかり、海から飛沫が上がった。
呆然とする私に、疲れ切った声が聞こえた。
「……なんで俺はこう、慈善活動みたいなことばっかしてんのかねぇ……?」
「精霊……?」
それも、風の上級霊だ。なぜこんな辺境に?
「あー、その、なんだ。アンタ」
「……はい」
「……ウチ、来る?」