11:ダンジョンと、透明な新人
「なんですか、って……ええと、キミは水の中級霊で……?」
「だから中級霊ってなんですか、って聞いてんですよ。そんなことも読み取れねーんですか」
口悪っ。
「キミは、その、水の精霊だから……」
「精霊ってなんですか」
「えっと……」
相手の攻め立てるような口調に、ついついしどろもどろになってしまう。
いや、ひるむんじゃない、ボク。精霊っていうのは……、精霊っていうのは……?
どう説明すればいいんだ?
「あ、あはは……」
なんといっていいのかわからず、笑ってごまかした。そしたら、
「ふっ」
さも馬鹿にしたように鼻で笑われた。
◇◇◇
「シュートー!シュートシュートシュートー!」
「うわわ、やめやがってください!おろせー!」
「うおっ、なんだなんだ」
爆速で転がりながら、シュートの元へと向かう。……例の中級霊を地面ごとかっさらいながら。
当のシュートはといえば、居住用の洞窟からはみ出たコケをむしっていた。マメな男だ。
「聞いてよシュート、こいつがボクのことを……!」
「質問に答えられないあなたが馬鹿なだけでしょーが」
「なんだとー!」
シュートに泣きつく途中に茶々を入れられ、思わず怒ってしまう。
「……おい、シディ。いったん落ち着け」
そんなボクを風でヒョイと巻き上げ、すっぽりと腕の中に収めるシュート。
「う、うん」
「んで?問題なのはその中級霊か。またナマイキそうなはねっかえりが出てきたもんだな」
「ナマイキとはなんですか。シッケイですよ、シッケイ」
「おーおー、生まれたてでよくもまあそんな言葉を知ってるもんだな」
「むむ?そうでしょうそうでしょう。私はかしこいのです、ふふん」
シュートの言葉に、得意げな様子である。
おだてられた、というよりも皮肉を理解できていない様子。まあ本人が嬉しそうならそれでいいのかもしれない。
「やっぱガキだな」
ぼそり、と相手に聞こえないようシュートがつぶやいた。なんだか非常にあしらい慣れている気がする。前いたダンジョンでも似たようなことをしていたのだろうか。
「シディ、それでコイツが何したってんだ」
「それがね……」
軽くさっきの経緯を説明する。
「……アホらし」
すると、シュートは興味が失せてしまったのか、座り込んで再びコケむしりを始めた。
「も、もうちょっと興味持ってくれてもいいじゃんか!」
「……ただのガキ同士のケンカじゃねえか。俺が出る幕はねえだろ、シディに危険が迫ってるわけでもなし」
ゴツゴツと体をぶつけて抗議すると、げんなりとした声が返ってきた。
「大体シディも俺に似たような質問攻めしてきただろ。お前さんもじっくり付き合ってやんな」
「うっ……」
それを言われると弱い。しかし、ボクの知識量では……というか、未熟な説明能力ではまるで足りない。おまけにあんな嫌味な性格のヤツと仲良くお話できる自信がない。
「それかほっといてダンジョン拡張してきたらどうだ?もともとそのために出かけたんだろ?」
「むぐぐ……」
……しかたない。おとなしくダンジョン拡張に戻ろう。そう思いなおして、ゴロゴロと転がり始めた、そのとき。
ばしゃり。文字通り、冷や水を浴びせられた。見れば、例の水の塊が不満げにプルプルしている。
「……」
「どこいきやがるんですか、真っ黒ボール」
真っ黒ボール。それ、ボクのことだろうか。ボクのことだろうなあ。
「私をこんなところまでさらっておいて、ほっとくとかありえねーんですけど」
「……」
まあ、もっともな意見だ。
「せめて元居た場所にもどしやがってください。それがセキニン、というやつです」
「……わかったよ」
自我が芽生えてすぐの相手に言いくるめられてしまった。みじめだ。
◇◇◇
「……半年で中級霊、ねぇ?」
シディが妙な口調の中級霊を連れて行ってから、つぶやく。
この半年で分かったことだが。シディは、特殊な部類のダンジョンだ。少なくとも、俺が元居たダンジョンとは全く性質が違う。
「周りの成長に対して、シディの成長が遅すぎる」
いや、シディの成長に対して周囲の成長が速すぎるのか。
本来、中級霊とはそれこそダンジョンに自我が芽生え、数年してから生まれるものだ。低級霊に関しては土地柄と属性の愛称などもあり、霊脈の強さと関係なく生まれることもある。だから低級霊が島に生まれ始めたときはなかなか早いな、としか思わなかったのだがーー、今回の中級霊となれば話は別だ。明らかに、異常な速度である。
それに、ここに来てからの俺の体にも変化がある。
(ワイバーンぶっ飛ばした時もそうだ。消費した霊力に対して回復が信じられねえぐらい速かった)
霊力の回復。自身の成長。風に働きかける力。そのすべてが加速度的に飛躍している自覚がある。
俺も、直接霊脈までたどれるわけじゃない。だから、確かなことは言えないがーー、シディが寄生した大地からしみだしてくる霊力は、シディの成長速度からすると異常なまでに多い。
もちろん、昔本人に告げたように、シディの成長はダンジョン全体の中で見れば早い方だ。
しかし。その成長速度は霊脈の質から考えると、非常に遅いのかもしれない。
ーーいいか、シュート。ダンジョンというのはな、『生命のゆりかご』なのだ。我々精霊やモンスターに霊力をもたらし、大地を肥えさせ、ありとあらゆるものに繁栄をもたらす。だから、我々がすべきことは一つだけ。
ふと、元居たダンジョンで世話になった大精霊様の言葉を思い出した。
「『生命のゆりかご』、ね。ま、そのへんは何でもいいけどよ」
重要なのは、シディが何者なのかではない。
大切なのは、アイツをどうやって守り抜いていくか。あの好奇心だけでできてるような相棒と一緒に、どんな風に歩んでいくか、だ。
(それに、アイツと一緒ならーー)
俺のバカげた夢も、いつか叶うかもしれない。
◇◇◇
「ダンジョンってなんなんですか?」
「……ボクみたいな精霊のことだよ」
「そんな説明じゃわかんねーです」
「ああもう。だから、ダンジョンっていうのはね?」
水の中級霊を運びながら、ゴロゴロと転がっていく。その道すがら、とりとめもない話をしていた。
ダンジョンとは何か。どんなことをしているのか。その恩恵は、どんな生き物に及んでいるのか。
「ほほー。オマエが私にゴハンをくれてる、ってことですか」
「まあ、そういうことになるのかな」
「なるほど。それならオマエに感謝してやってもいいです。……でも、さっきシディって呼ばれてたのはなんなんですか?ダンジョンってのがオマエじゃねーんですか?」
「『シディ』はボクの名前で……」
「名前って何ですか?」
……ああ。死ぬほどめんどくさい。シュートもボクに対してこんな風に思っていたのだろうか?だとしたら相当悪いことをした。今度からもっといたわってあげよう。
「ボクはダンジョンでもあるし、シディでもある。だけどダンジョンはこの世にいっぱいいる」
「むむ」
「そのたくさんのダンジョンの中で、ボクがボクだって呼ぶためのものが、シディって名前なんだよ」
「ほほー」
適当な相槌が聞こえる。……ホントに聞いてるんだろうか?
「私にはないんですか?」
「え?」
「名前です。……私は、なんて名前なんですか?」
「いや、知らないけど……」
「なんでですか!」
なんで、って。
「そりゃあ、まだついてないから……?」
「むむ?名前とは、誰かが勝手につけるものなのですか」
「勝手にって……。まあ、そうといえばそうだけど」
「ふむ」
その言葉を最後に、何事かを考えこむ中級霊。……なんだろうか。この流れに、非常に既視感があるような。
「光栄に思いやがってください。オマエーーシディに、私の名前を付けさせてやります」
そんな偉そうな声が、ボクにいらない権利を押し付けてきた。
--シュートには、今まで以上に優しくしよう。そう、固く心に決めた。
◇◇◇
「水だから、アクア」
「安っぽいです、きゃっか」
「透き通ってるから、クリア」
「ゴジュッポヒャッポ、です」
なんだ、その言葉は。
「海っぽく、マリン」
「悪くねーです。……が、もっと頑張ってください」
「レ、レインとか」
「好みじゃねーです」
ワガママめ。
水。水……、水かあ。
水は、どこまでも流れていくものだ。流れるもの。なら……、
「カレン、とかどうかな」
「ふむ。……カレン、カレンですか」
なんどか繰り返して、確かめるようにつぶやく中級霊。やがて、納得がいったのか、ゆっくりと体を起こした。
「ま、それでよし、ってことにしてやります。……よろしくです、シディ」
「……うん、よろしく、カレン」
終始偉そうだった水の精霊ーーカレンは、嬉しそうに体を震わせた。