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ダンジョンは、土から生える。  作者: 樹上ペンギン
13/15

11:ダンジョンと、透明な新人

「なんですか、って……ええと、キミは水の中級霊で……?」

「だから中級霊ってなんですか、って聞いてんですよ。そんなことも読み取れねーんですか」


 口悪っ。


「キミは、その、水の精霊だから……」

「精霊ってなんですか」

「えっと……」


 相手の攻め立てるような口調に、ついついしどろもどろになってしまう。

 いや、ひるむんじゃない、ボク。精霊っていうのは……、精霊っていうのは……?


 どう説明すればいいんだ?


「あ、あはは……」


 なんといっていいのかわからず、笑ってごまかした。そしたら、


「ふっ」


 さも馬鹿にしたように鼻で笑われた。


◇◇◇


「シュートー!シュートシュートシュートー!」

「うわわ、やめやがってください!おろせー!」

「うおっ、なんだなんだ」


 爆速で転がりながら、シュートの元へと向かう。……例の中級霊を地面ごとかっさらいながら。

 当のシュートはといえば、居住用の洞窟からはみ出たコケをむしっていた。マメな男だ。


「聞いてよシュート、こいつがボクのことを……!」

「質問に答えられないあなたが馬鹿なだけでしょーが」

「なんだとー!」


 シュートに泣きつく途中に茶々を入れられ、思わず怒ってしまう。


「……おい、シディ。いったん落ち着け」


 そんなボクを風でヒョイと巻き上げ、すっぽりと腕の中に収めるシュート。


「う、うん」

「んで?問題なのはその中級霊か。またナマイキそうなはねっかえりが出てきたもんだな」

「ナマイキとはなんですか。シッケイですよ、シッケイ」

「おーおー、生まれたてでよくもまあそんな言葉を知ってるもんだな」

「むむ?そうでしょうそうでしょう。私はかしこいのです、ふふん」


 シュートの言葉に、得意げな様子である。

 おだてられた、というよりも皮肉を理解できていない様子。まあ本人が嬉しそうならそれでいいのかもしれない。


「やっぱガキだな」


 ぼそり、と相手に聞こえないようシュートがつぶやいた。なんだか非常にあしらい慣れている気がする。前いたダンジョンでも似たようなことをしていたのだろうか。


「シディ、それでコイツが何したってんだ」

「それがね……」


 軽くさっきの経緯を説明する。


「……アホらし」


 すると、シュートは興味が失せてしまったのか、座り込んで再びコケむしりを始めた。


「も、もうちょっと興味持ってくれてもいいじゃんか!」

「……ただのガキ同士のケンカじゃねえか。俺が出る幕はねえだろ、シディに危険が迫ってるわけでもなし」


 ゴツゴツと体をぶつけて抗議すると、げんなりとした声が返ってきた。


「大体シディも俺に似たような質問攻めしてきただろ。お前さんもじっくり付き合ってやんな」

「うっ……」


 それを言われると弱い。しかし、ボクの知識量では……というか、未熟な説明能力ではまるで足りない。おまけにあんな嫌味な性格のヤツと仲良くお話できる自信がない。


「それかほっといてダンジョン拡張してきたらどうだ?もともとそのために出かけたんだろ?」

「むぐぐ……」


 ……しかたない。おとなしくダンジョン拡張に戻ろう。そう思いなおして、ゴロゴロと転がり始めた、そのとき。


 ばしゃり。文字通り、冷や水を浴びせられた。見れば、例の水の塊が不満げにプルプルしている。


「……」

「どこいきやがるんですか、真っ黒ボール」


 真っ黒ボール。それ、ボクのことだろうか。ボクのことだろうなあ。


「私をこんなところまでさらっておいて、ほっとくとかありえねーんですけど」

「……」


 まあ、もっともな意見だ。


「せめて元居た場所にもどしやがってください。それがセキニン、というやつです」

「……わかったよ」


 自我が芽生えてすぐの相手に言いくるめられてしまった。みじめだ。


◇◇◇


「……半年で中級霊、ねぇ?」


 シディが妙な口調の中級霊を連れて行ってから、つぶやく。

 この半年で分かったことだが。シディは、特殊な部類のダンジョンだ。少なくとも、俺が元居たダンジョンとは全く性質が違う。


「周りの成長に対して、シディの成長が遅すぎる」


 いや、シディの成長に対して周囲の成長が速すぎるのか。

 本来、中級霊とはそれこそダンジョンに自我が芽生え、数年してから生まれるものだ。低級霊に関しては土地柄と属性の愛称などもあり、霊脈の強さと関係なく生まれることもある。だから低級霊が島に生まれ始めたときはなかなか早いな、としか思わなかったのだがーー、今回の中級霊となれば話は別だ。明らかに、異常な速度である。

 それに、ここに来てからの俺の体にも変化がある。


(ワイバーンぶっ飛ばした時もそうだ。消費した霊力に対して回復が信じられねえぐらい速かった)


 霊力の回復。自身の成長。風に働きかける力。そのすべてが加速度的に飛躍している自覚がある。


 俺も、直接霊脈までたどれるわけじゃない。だから、確かなことは言えないがーー、シディが寄生した大地からしみだしてくる霊力は、シディの成長速度からすると異常なまでに多い。

 もちろん、昔本人に告げたように、シディの成長はダンジョン全体の中で見れば早い方だ。


 しかし。その成長速度は霊脈の質から考えると、非常に遅いのかもしれない。


 ーーいいか、シュート。ダンジョンというのはな、『生命のゆりかご』なのだ。我々精霊やモンスターに霊力をもたらし、大地を肥えさせ、ありとあらゆるものに繁栄をもたらす。だから、我々がすべきことは一つだけ。


 ふと、元居たダンジョンで世話になった大精霊様の言葉を思い出した。


「『生命のゆりかご』、ね。ま、そのへんは何でもいいけどよ」


 重要なのは、シディが何者なのかではない。


 大切なのは、アイツをどうやって守り抜いていくか。あの好奇心だけでできてるような相棒と一緒に、どんな風に歩んでいくか、だ。


(それに、アイツと一緒ならーー)


 俺のバカげた夢も、いつか叶うかもしれない。


◇◇◇


「ダンジョンってなんなんですか?」

「……ボクみたいな精霊のことだよ」

「そんな説明じゃわかんねーです」

「ああもう。だから、ダンジョンっていうのはね?」


 水の中級霊を運びながら、ゴロゴロと転がっていく。その道すがら、とりとめもない話をしていた。

 ダンジョンとは何か。どんなことをしているのか。その恩恵は、どんな生き物に及んでいるのか。


「ほほー。オマエが私にゴハンをくれてる、ってことですか」

「まあ、そういうことになるのかな」

「なるほど。それならオマエに感謝してやってもいいです。……でも、さっきシディって呼ばれてたのはなんなんですか?ダンジョンってのがオマエじゃねーんですか?」

「『シディ』はボクの名前で……」

「名前って何ですか?」


 ……ああ。死ぬほどめんどくさい。シュートもボクに対してこんな風に思っていたのだろうか?だとしたら相当悪いことをした。今度からもっといたわってあげよう。


「ボクはダンジョンでもあるし、シディでもある。だけどダンジョンはこの世にいっぱいいる」

「むむ」

「そのたくさんのダンジョンの中で、ボクがボクだって呼ぶためのものが、シディって名前なんだよ」

「ほほー」


 適当な相槌が聞こえる。……ホントに聞いてるんだろうか?


「私にはないんですか?」

「え?」

「名前です。……私は、なんて名前なんですか?」

「いや、知らないけど……」

「なんでですか!」


 なんで、って。


「そりゃあ、まだついてないから……?」

「むむ?名前とは、誰かが勝手につけるものなのですか」

「勝手にって……。まあ、そうといえばそうだけど」

「ふむ」


 その言葉を最後に、何事かを考えこむ中級霊。……なんだろうか。この流れに、非常に既視感があるような。


「光栄に思いやがってください。オマエーーシディに、私の名前を付けさせてやります」


 そんな偉そうな声が、ボクにいらない権利を押し付けてきた。

 --シュートには、今まで以上に優しくしよう。そう、固く心に決めた。


◇◇◇


「水だから、アクア」

「安っぽいです、きゃっか」

「透き通ってるから、クリア」

「ゴジュッポヒャッポ、です」


 なんだ、その言葉は。


「海っぽく、マリン」

「悪くねーです。……が、もっと頑張ってください」

「レ、レインとか」

「好みじゃねーです」


 ワガママめ。


 水。水……、水かあ。

 水は、どこまでも流れていくものだ。流れるもの。なら……、


「カレン、とかどうかな」

「ふむ。……カレン、カレンですか」


 なんどか繰り返して、確かめるようにつぶやく中級霊。やがて、納得がいったのか、ゆっくりと体を起こした。


「ま、それでよし、ってことにしてやります。……よろしくです、シディ」

「……うん、よろしく、カレン」


 終始偉そうだった水の精霊ーーカレンは、嬉しそうに体を震わせた。

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