10:ダンジョンと、新たな課題
大陸に行きたい。ボクのその言葉に、シュートは渋い顔をするばかりだった。
「……お前、自分が今どんな状況にいるかはわかってるか?」
「状況って?」
「……はあ。まず、お前はこの島の半分くらいしか掌握できてない。そうだろ?」
とりあえず頷く。
「ダンジョンってのは寄生した大地の外には出られねえ。海を挟むとはいえ、そこは変わらんだろうさ」
「うん」
「だからもしシディが大陸まで行きてえってんなら、どうにかして海底……海の底の大地に寄生して、大陸まで道をつなぐ必要がある」
「そうだね」
「そんでもって、この島から大陸まで行くには、海底をこの島三つか四つ分ぐらい進まなきゃいけねえんだよ」
「……ホントに?」
「噓ついてどうすんだよ」
えーと、ボクがこの島の半分に寄生するまでに半年だったから……その六倍から八倍ってことは……?
「三年くらいかかっちゃう、ってこと?」
「だな。まあシディが成長すればもっと早く進めるようにはなると思うがよ」
頭をガツンと殴られたような衝撃。生まれて一年たっていないボクには途方もない時間である。
「それに今のシディが大陸まで行こうってんならもう一つ問題があるぜ」
「……なに?」
これ以上の問題がほかにあるだなんて。正直聞きたくない。そんな思いがあふれて、ついげんなりとした声が出てしまう。
「今んとこシディの味方、つーかまあシディを守ろうとする奴ってのは俺だけだろ?」
「……そうだね」
低級霊は生まれ続けているけど意思疎通は取れないし、モンスターに至ってはボクに襲い掛かってくるような相手ばかりである。ダンジョンマスターとなるようなモンスターを探す、という目標もこんな閉ざされた島の中では一向に進まない。
「大陸のモンスターどもは基本的に強い。理性がない雑魚でも群れればかなり厄介だ。俺が負けるってのはよっぽどの相手じゃなきゃねえとは思うが……シディを守りながら、ってんなら話は別だ」
「そうなの?」
龍みたいな例外がいるとはいえ、シュートはかなり強い精霊のはずだ。
「単純に数が足りねえんだよ。大陸には数十匹から数百匹で群れて獲物を追うようなモンスターだっている。そいつら全部と戦いながらシディを守るってのは難しいし、なにより俺とシディがはぐれちまったら一巻の終わりだ」
体中が冷え込むような感覚に襲われる。モンスターに囲まれた状態で、シュートとはぐれる。それはボクにとって最もわかりやすい死の形だ。
「てなわけで、まずは仲間を増やす。そうでなきゃどう頑張ったって大陸じゃ生きてけねえよ」
「……でも、どうやって仲間を増やすの?」
現状、モンスターを味方にすることはできない。この島にはそれができるほどの知性を持ったモンスターがいないのだ。
「……そりゃ、あれだよ。なんか飛んできたやつを捕まえるとか、海まで寄生先を伸ばして良さげなモンスターを見つけるとか……?」
「相当時間かかりそうだね、ソレ」
都合よくそんなモンスターがそばを通りかかるものだろうか。それに、なまじ見つかったところで素直にボクたちに協力してくれるのだろうか。生まれたてのボクにつきっきりでいてくれるシュートのような存在はとても珍しいと思うんだけど。
「別に時間がかかったっていいだろ。どうせあと何年かはこの島出らんねえ計算なんだし」
「そうだけどさあ……」
なんだか釈然としない。
「あーあ。この前の龍が仲間になってくれたらなあ……」
「ねえだろ。いくら子供とは言っても、龍ならもっとでけえダンジョンからも引く手数多ってやつだぜ」
「だよねぇ……」
こんな場所に生まれなければどうにかなったのだろうか。まあ、この場所に生まれなければそれはそれで強いモンスターの餌食になっていたかもしれない、というだけなのだが。
「……ダンジョン広げてくる」
「おう、気をつけてな」
とぼとぼと転がり始めたボクに、シュートは暢気に手を振っていた。くそう。みてろー。ものすごい勢いでダンジョンを広げて、来年には大陸に行けるようになってやる!
……仲間が見つかれば、だけど。
◇◇◇
「……でも実際、三年はかからない気がするんだよなあ」
ゴロゴロと地面を転がりながら、そんなことを考える。
最初と比べて、大地に寄生するスピードは格段に上がった。少しづつではあるけれど、ダンジョンとして成長はしているのである。地面を操る力も上がったし、低級霊も結構な頻度で生まれてくるようになった。
「あとはダンジョンマスターさえ見つけられれば……!なんてね」
とりとめもない妄想だ。結局、この一点さえ何とかなれば寄生もスムーズに進められるし、仲間も増えるしでほとんどの問題が解決するのだが、どうしようもない無いものねだりというやつである。
そうこうしているうちに、なんだか見覚えのある場所に来ていた。
「お。ここら辺はたしかコケを探しに来たところだ」
まあ、ボクは見つけられなかったんだけど。その代わりと言っては何だが、初の低級霊に出会った場所でもある。
見回すと、今日もまたボクと同じくらいの大きさの水の塊がプルプルと揺れていた。新しく生まれた低級霊だろうか。なんだか懐かしい気分になって、ゴロゴロと近づいていく。
すぐそばで止まると、水の塊が不自然に揺れた……ような気がした。
「そうそう、こんな水の塊があって驚いたっけなぁ」
あのときは思いっきり水をひっかぶってしまったんだっけ。いやあ、懐かしいなあ……。
ばしゃり。
「……へ?」
感慨にふけるボクに、いきなり水がかぶせられた。驚きのあまり固まるうちに、雫がボクの体を転がるように伝っていく。
そんなボクを再び動かしたのは、
「……ヘンな玉ですね、何か用ですか」
という、目の前の水の塊から発された言葉だった。
「……しゃ」
「しゃ?」
「しゃべっ、た……?」
「しゃべりますよ、そりゃ」
平然と返事をする水の塊。その姿にボクの混乱は加速していく……いや。混沌とした思考の中、シュートの話がふらりと浮き上がってきた。
『中級霊になると、自我が出る』
……つまり。ボクの予想が正しければ、目の前の存在は。
「水の、中級霊……?」
「……なんですか、ソレ」