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ダンジョンは、土から生える。  作者: 樹上ペンギン
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9:ダンジョンと、飛び去る巨影

 シュートと出会ってから、もう半年になるだろうか。ボクが寄生した大地は、この島の半分に届こうかというところまで来ていた。肝心かなめの迷宮に関しても、シュートが余裕をもって入れる部屋がいくつも作れるようになってきた。日に日にきれいに光るようになるコケを見つめてはしゃぐボクに、今度は別の階層なんかも作れるといいな、なんてシュートは笑っていた。


 水の精霊は、なんというか……。シュートの言う通り、驚くほど数が増えた。もちろん水の精霊だけでなく、土の精霊や雷の精霊、風の精霊なんかもそれなりに見かけるようになった。火の精霊は、島という土地柄相性が悪いらしく、いまだに見たことがない。シュートが言うには火の玉がふよふよと浮いている感じの見た目だそうだ。


 そんなこんなで今日も今日とて見慣れた島をゴロゴロと転がり続ける。寄生する範囲を増やしつつ、緊急避難用の通路もチェックして回る。シュートはいつもボクについてきてくれるわけではないから、いざという時のために自衛の手段は用意しておくに限る。


 日課の通路チェックが終わるかどうか、というところで、シュートの切羽詰まった声が聞こえた。


「シディ、潜れ!」


 潜れ?地面に、ということだろうか。まあそれ以外の選択肢はないけれど。

 いったいどうしたというのだろうか。周囲には危険なモンスターは見当たらない。地上はおろか、空にも。

 迷っているうちに、シュートがボクの元にかっ飛んできた。よほど急いでいたのだろう、横向きに倒れこむような乱雑な着地が決まる。地面にたたきつけられた暴風が、ボクを草むらの中で押し流した。


「早く潜れ!龍が来る(・・・・)!」

「リュウって?」


 聞いたことのない名前だ。シュートがここまで焦るということは、よほど危険な相手なのだろうか。

 改めて周囲を見渡そうとしたボクの体に、シュートの怒号が響き渡った。


「今説明してる暇はねえ!いいからとっとと隠れろ!」


 言い終わらぬうちに、シュートはボクの体を地面に押し付ける。全体重を乗せて地面に押し付けてくるその力に、たまらず体が沈み込んでいく。

 まだ地上に出ている部分からチラリと見える空に目をやると、遥か遠くの空に溶け込むように、白銀の点が見えた気がした。


 それから、十秒も経たなかったと思う。ボクが今まさにうずまっている大地が、かすかにふるえだした。


 音だ。


 大きな何かが、風を引き裂いて進む音。それがこの大地を揺らしているのだと、直感的に理解した。ボクを押し付けるシュートの手に、一層の力がこもる。


 そこから先は、一瞬だった。


 空が爆ぜる音とともに、大地が巻き上がり———、そして、すべてが去っていった。


 世界を突き崩すような轟音の間隙に、ほんの少しだけ見えた銀の巨影。何が起こったのか、考えるまでもないことだった。


 リュウが、真上を飛び去った。ただそれだけの事。たったそれだけのことに、まるで世界をひっくり返されたような感覚が沸き起こる。


 あれが、リュウ。


「いっててて……。おいシディ、そっちは大丈夫か?」


 呆然とソレが飛び去った方角を眺める僕に、シュートが安否を問うてくる。


「……大きかったね」

「ん?」

「今まで見てきたどんな生き物よりも、大きかった」


 それこそ、ボクの命を狙ってきたワイバーンなどよりも。比べ物にならないほどに、巨大な生き物だった。

 体の芯に、しびれるような熱がこびりついてしまっている。きっと、今夜は眠れないのだろうな、とどこか他人事のような考えがよぎった。


「そうだな」


 そんな僕の心を知ってか知らずか、シュートがうなずく。


「いくら子供とは言っても、龍ってのはすげえ生き物だよなぁ」

「……へ?」


 子供?あれが?


「……リュウって、一体……?」

「おう。教えてやるぜ、じっくりとな」


 あの龍も俺らに目を付けずにどっか行ってくれたしな、と言って、シュートは笑った。その顔にはどこか安堵の雰囲気が見て取れた。



◇◇◇



 あの月の夜に飛び立って、およそ一晩も飛んだだろうか。空が明るみ、太陽が真上から自分の翼を照らすようになった頃、レイはその視界に見知らぬ大地をとらえた。


 目的地についた、という事実に彼女はほんの少しだけ安堵する。


(ここが、東の大陸)


 眼下の海は恐ろしい勢いで後方へと流れていき、目指した大地がぐんぐんと迫ってくる。目の前にまで迫ったそこへと飛び込む寸前、不意に一つの島が己の下を潜り抜けていった。


(あれは……?)


 比較的大きめの島。ただそれだけであり、目を止めるようなことは一つもない。そのはずだった。


 しかし、レイの目は、一人の精霊をとらえていた。


(上級精霊が、なぜこんな辺境に?)


 その上級精霊は、なにやら必死にものを押さえつけているようだった。

 しかし、ふっ、と浮かんだ疑問も、次の瞬間には泡沫のごとく溶け消えていた。


 一瞬で視界から消え去ったという現実と、これからなさねばならない使命がそうさせたのだ。


 かくして、彼らの一度目の邂逅は、数瞬のうちにそのすべてを終えたのである。



◇◇◇



 あれから、シュートが龍とは何かについて話してくれた。


 曰く、地上最強の一角を誇るモンスター。

 曰く、知恵と力と魔法をすべて備えた完璧な生き物。


 そんな賛辞を大げさだと笑い飛ばすことはできなかった。ほんの一瞬、しかも子供の姿を目にしただけなのに。


「あれが子供って、本当なの?」

「ああ。大人の龍はもっとでかい。あれの倍じゃあ足りねえぐらいだな」


 そんな生き物が空を飛ぶのか。


「気性が荒いってわけじゃねえんだが、どうにも気難しい奴らでな。一度暴れだしたら手が付けられねえ」

「シュートでも?」

「当たり前だ。見ただろ、あのでかさ」

「うん」


 この世には、あんなにも大きな生き物がいるのか。


「ねえ、シュート」

「なんだ?」

「大陸に行けば、あんな龍にも会えるのかな」

「ん?まあそりゃそうだろ。あの龍も海から大陸に向かっていったわけだしな」


 そうなのか。それなら、ボクは———。


「ボクは、大陸に行ってみたい」


 そうして、あの龍と話してみたい。どんな世界を見てきたのか。どんな風にあの海を越えてきたのか。あの山のような体でも見上げる相手がいるのか。心がざわついて、仕方がなかった。


 弱ったなぁ。


 この高鳴りは、いつ消えてくれるんだろう。当分の間は眠れそうにないと、そう思った。


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