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ダンジョンは、土から生える。  作者: 樹上ペンギン
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閑話:ある夜、どこかの大陸で

 月夜。青白い薄明かりが、辺りを濡らすように照らしている。ときおり、波の音が心地よく響き、強い海風が潮の香りを運んでくる。そんな中、透き通るような光に照らし出され、大小2つの影がたたずんでいた。両者に備わる白銀のうろこが、月明かりを受け、幻想的な光を辺りに振りまいている。


「……いつもながら、とんだ無茶ぶりですね」


 いや、大小、という表現はあまり正しくはないかもしれない。浜に打ち上げられた魚や大海蛇、遠巻きに両者を見つめる紅の怪鳥。そしてかしこに転がる大岩と比べても、両者はあまりに巨大であった。

 ただし、二体の間の身長差は、遠目から見ても明らかである。


「ええ、申し訳ありません。安全のために、本来はわたくしとプロムあたりで行くべきなのでしょうが」


 しかしてここから動くこともできません。と、二体のうちの更に大きいほうが、おどけたように口先だけで嘆いてみせる。小さいほうの五倍は優に超える巨躯からは、想像できないほどに美しい声。歳月を経て深みを増した木管の笛のように、流麗な響きを含んでいる。


「……謝っていただく程のことではありません。私が志願したことですし。それに、ルナリア様が今軽率に動くわけにもいかない、というのもわかっております」


 小さい方から発せられたのは、これまた美しい凛とした声。先ほど響いた深みのある声とはうって変わり、若さと自信に満ちた伸びやかな声である。

 ただ、その声に少し陰りがあるのは、話している内容のせいであろうか。


「他の子たちも出せればいいのですけれど。海を渡れるような子は皆、戦場(いくさば)に駆り出されてしまっていますからね。……反対側から飛び立つとはいえ、貴女も気を付けてください、レイ」


 ルナリアと呼ばれた巨龍(・・)が、いとし子を見守るような視線をレイに向ける。


「今回の霊長はずいぶんとしつこいですね。西の大陸ではもうゆりかご(・・・・)が残されていないのでしょうか」

「さあ。詳しいところはまだわかりませんが……。我々にまで手を伸ばしてきた、ということはその可能性も高そうです。貴女に見てきてもらうのはあくまで東の大陸ですが」

「わかっています」


 レイは、短くきっぱりと返事をする。


「……できれば、向こうのゆりかごの中で協力や保護ができそうな相手と話をつけてきてください。我々自身は問題ないとはいえ、これ以上ゆりかごを減らされるとまた数万年前に逆戻り、という大陸も出てきてしまいます」

「そうなると、精霊や霊獣が生きられなくなってしまいますからね。霊長にも、決して良い影響があるわけではないというのに……」

「言われて納得できるものではないのでしょう。彼らが今回持ち出してきた武器の中にも、ゆりかごを使って作られたものが多くみられました」


 ルナリアの言葉に、レイがうつむく。牙の生えそろった口を固く結び、わなわなと震えていた。

 それでも少し経つと、きっ、と顔を上げる。


「……とにかく、行ってまいります。ルナリア様も、ご武運を」

「ええ。貴女の旅路に、幸がありますように」


 レイが、翼を広げる。巨大な鏡のように月明かりを受け止めるそれを目いっぱいに広げても、まだルナリアの大きさにはまるで届いてはいなかった。それでもレイは、龍にしては幼いとさえ言えるその翼で飛び立った。

 潮の香を運ぶ向かい風の中、一匹の若い龍が矢のように飛んでいく。


 銀の影が月に吸い込まれて見えなくなる姿を、ルナリアは静かに見つめていた。


◇◇◇


「……よかったのか?」


 どれほど経っただろうか。波と風しか響かなくなった海岸に、不意に男の声が割り込んだ。


「……ええ。あの子には、この大陸だけではなくて、いろいろな世界を見てほしいですから」

「随分な入れ込みようだな。一族の他の奴にはそこまで世話を焼かなかっただろうに」

「レイは優秀な子ですから。それだけに、ここまで完成して閉じているところにとどまっていても仕方ないでしょう」

「……本人の考え方次第だと思うがね」

「だから、考えさせるために送り出したのですよ」


 くるり、とルナリアの首が後ろを向いた。話し相手は彼女と比べてひどく小さいようで、彼女の頭は地面すれすれまで下がっていく。

 彼女の目線の先。そこにいたのは、長身で片角の鬼人(オウガ)だった。一人と一匹の間には、どこか気安い空気が感じられる。


「貴方こそ、こんな所にいていいのですか?『守り手』のくせに」

「あっちは大体終わった。それよりプロムが拗ねていたぞ、契約相手(ルナリア)が一緒に戦ってくれなかった、とな」

「うっ……」


 鬼人の指摘に、ルナリアがたじろぐ。どうやら本人にも後ろめたいところがあるようだった。


「……しかし、完成して閉じている、か」

「間違ってはいないと思いますが」

「……そうだな。ここは俺たちの色があまりに濃すぎる」


 悪いことではないが、と鬼人がつぶやいた。


「そろそろ、新しい時代が始まってもいいのだろうさ」

「ですね」


 二人でそろって月を見上げる。その先へと飛び立った若き龍へと思いを馳せながら。

 と、いきなり騒々しい声が聞こえてきた。


「あー!ルナリア、こんなところにいた!」

「えと、ライカ、ルナリア。レイちゃんはもう、行ったの?」


 加えて、少しおどおどとした声。少し面倒そうに鬼人の声が答え、龍の声が柔らかく笑った。

 潮風と波の音に流されて、にぎやかな声がどこまでも運ばれていく。月の光は涼しげに、彼らの姿を照らしていた。


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