プロローグ
暗い、暗い土の中。『ソレ』がいつからあったのかは誰にもわからない。人の頭ほどの大きさで、透明感のある漆黒の珠。いつからそこに埋まっているのかは皆目見当がつかないがーー『ソレ』は確かにそこにあった。
『ソレ』には、いつからか自我が芽生えていた。自我といっても、そうご大層なものではない。獣のたぐいなら平等に持ち合わせる、食欲というヤツである。
しかし、『ソレ』には口はなかった。それどころか、一切のくぼみすらない。もしも周りの土を掘り起こして取り出してみたならば、きっちりと測りながら作ったような狂いのない球形と、つるりとした表面に、ある種の違和感を抱く者もいるだろう。
では、どうやって『ソレ』は食欲を満たすのか。『ソレ』は、もぞもぞと地中深くに『根』を張り始めた。
ーーふかく、ふかく、もっとふかく。そこにはきっと、あるハズだーー
無論、食欲だけの『ソレ』に言葉を用いた思考はまだ起こり得ない。ただただ種としての本能のままに、地中深くへと掘り進む。
静かに流れる地下水脈を抜け、堅く閉ざされた岩盤の層を掘り進み、自分の食事を探し続ける。
そして、とうとうーー根の先に、お目当てのモノがふれた。
『霊脈』とも呼ばれる、力の流れ。大地の奥深くを流れ、大地を潤す生命の根源。その巨大な流れに張られた根は、流れる力のほんの一部を吸って育ち始めた。
どれだけ吸っても、吸いきることなど出来はしない。雄大な自然の恵みに、よもや感謝などはしないのであろうがーー『ソレ』は、使った力の余りを周囲の地面にしみこませ始める。大地を、己が身体の一部とするために。
じわり、じわりと『ソレ』の身体は広がってゆきーーある日、地表に届いた。それ以上、自分をしみこませることができない場所を知った。
空というモノを知り、風というモノを知り、陽の光を知り、雨というモノを知り、水が大地に染みゆくことを知り、大地に溢れる生命の息吹を知った。
その日、世界を知った『ソレ』をーー人は、『ダンジョン』と呼ぶ。