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困った頭痛

「変なのよ」

君は言った。今日もアルバイトには少し早い時間に君は現れた。走ったのか少しだけ息が乱れている。

「よくわからないの」

君は首を傾げて力なく言った。

「昨日、あの後、あのサラリーマンを駅ビルの1階で見かけて、ちょっとだけ後をつけたの」

 あのサラリーマンとは昨日、ぼくが財布を掏られたと説明した人であるが、君はぼくの説明を全く信用していなかった。君の説明では、君は1階にあるケーキ屋であの黒っぽいスーツを着たサラリーマンを見かけたらしい。ケーキ屋は駅ビルの奥の方にあるので、ぼくが思うに、君が見かけたと説明したのは正確には、「見付けた」と思うのだけれど。サラリーマンは上着のポケットやカバンを開いて何かを探しているようだった。何かを探しながらもサラリーマンは店員の質問に「5歳」と答えていたらしい。君の推理では店員がろうそくの数を聞いて、財布を掏られたサラリーマンが「5歳」と答えたのだから、子供の誕生日ケーキを予約していて、それを取りに来たのだった。

「まさかあのサラリーマンが5歳じゃないでしょ」

 君の言うとおり、あのサラリーマンが5歳である訳がない。結局、財布を見付けるところまでは、君はアルバイトに行かなければならなかったから、見届けていないと説明を終えた。

「あの後、あの人が出てきて、警察に行かなかった?」

 駅ビル内で財布を掏られたもしくは落としたことに気が付いたら、最寄りの警察である駅ビルを出て少し左に行ったところにある交番に行くはずだから、君はぼくがあのサラリーマンが駅ビルから出てくるところを見ていないか、訊いたのである。

「見てないよ」

 ぼくは君の期待にこたえられなくて残念だという気持ちを込めて言った。

「そう、掏られたかどうかはともかく、財布を失くしたことに気付けば、警察に行くはずだから、行ってないってことは、あたしの推理もあなたの推理も外れたってことね」

 ぼくのは推理ではないのだけれど、君の興味は昨日のサラリーマンから今日の困った人に移ったのか、君は改札口の方を向いている。

「さあ、今日の困った人は?」

 弾む声で言ったが、困った人を探すのを楽しんでいるのではなく、君は困った人を助けたいと思っていることをぼくは知っている。

「あの改札口を出て、すぐの柱の前に立っているおばさんはどう?」

「あの頭痛を我慢しているおばさん?」

「頭痛を我慢しているの?」

 君は目を見開いてぼくの方を振り返って、すぐにまたおばさんの方に視線を戻した。

「うつむいているから表情はわからないわ」

 確かにここからは距離があるので、例えうつむいていなくても表情を読み取ることは出来ないが、君のぼくへの信頼度が少しは増しているのか、否定はされなかった。ぼくは説明する手間が省けて助かった。

「でも頭痛だったら、助けることができないわ」

 君はひとり言のように言い、通りすがりの女子高生2人組が君の方を振り返ったが、君は気にせずにまた別の人を探し始めた。女子高生もまた前を向いて歩き始めた。2人で肩を叩きあって笑っている。

「違うよ」

「何が?」

 君からは否定をされなかったが、逆にぼくが君を否定した。君は意味がわからず、興味がなさそうに答えた。

「あのおばさんの頭痛は何度も病院で診てもらったが、原因がわからないんだ」

「へぇ、また不思議なことを言うのね。」

 君はぼくを向いて、無表情でそう言ったが、すぐに笑顔に代わって言葉を続けた。

「じゃあ、試してみる」

 君はそう言って、おばさんの方へ歩いて行く。ぼくはその場に立ったまま、君の後ろ姿を目で追いかけた。君はバックパックを右肩からずらして体の前に回し、そのポケットからスマートフォンを取り出した。そして誰かと電話で話をしているようだ。そのままおばさんが立つ横に柱を背にして立ち、ぼくの方を見ながら電話を続けた。ほどなくして君はスマートフォンの画面に触れ、そのまま右手を降ろした。電話が終わったようだ。まだぼくの方を見ている。すると頭痛で悩んでいるおばさんが、君に話しかけて、君はおばさんに何かを答えている。頭痛で悩むおばさんが、上品な手提げカバンから手帳のようなものを取り出し、もう一度君に質問して、何かを書いている。おばさんは書き終えると君に頭を下げ、こめかみの辺りにペンを持った右手を持っていき、軽く押さえるようなしぐさをした。君はスマートフォンを持ったままの右手でおばさんに手を振って駅ビルの方へ歩き出した。君は親指だけを立て左手をぼくに力強く見せて、ほほ笑んだ。開いた自動ドアの向こう側へ行き、そのままアルバイトをするのだろう。


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