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困った人?

「昨日は助かっちゃった」

君は昨日と同じ時刻に現れた。つまりアルバイトに行く前の30分を今日もぼくと過ごす計画だろう。

「あなたが(昨日)言ったこと、少し当ってた」

「少し」も「当たって」も気になったが、黙って君の話の続きを聞くことにした。

「ユイちゃんね、新しい店長に髪を黒く染めろって言われたらしいの。前の店長は髪については何も言わなかったし、大学生のバイトはもっと明るい(髪の)色の子もいるのにだって。せっかく半年も続けたのに、なんだかバカらしくなって(アルバイトを)辞めちゃって。だからクビとは違うのよ」

ユイちゃんとは昨日、大きい赤いバックパックを背負って、ショーウィンドウを見ていた女の子だ、君が家出女子高生と決めつけた。新しい店長は辞めさせたくて、髪に難癖をつけたはずだから、実質的にクビと同じではないかと思ったが、反論する前に君が話を続けた。

「ユイちゃんは高校には行ってないらしい。でもトシは17(歳)だから、私の予想の方が当った感じね」

確かに君が予想した年齢は当っているが、当っているのはそれだけではないか。しかしながらまた反論する隙を与えてはくれなかった。

「でも高認とって、大学には行くつもりだって」

さらにユイちゃんの情報が続く。

「大学生に憧れてるから、ついつい大学生っぽい女の子を見ちゃうらしいのよ。それで私のことも見かけたことあるって。憧れのお姉さんだったわけね」

あの子が君を見ていたからと言って、憧れていたとは限らないが、君はユイちゃんのことを終始笑顔でしゃべっていた。

「いくら同性からでも急に『アルバイトどう?』なんて言われた普通は警戒するわよね」

君はユイちゃんにとって全く知らない人ではなかったから、突然誘われてもそれほど警戒せずに、君の申し出を受け入れたのかもしれない。

「ユイちゃんと私、気が合うかも。ユイちゃんが(アルバイトに)慣れれば、金曜日でも2人でこなせちゃうかもね」

 君はかわいい妹を自慢するかのように、ここまでほぼ一気にしゃべった。そしてようやく落ち着いた君は、誰かにスイッチを切り替えられたように改札口の方を振り返って誰かを探すように通りすぎる人達を見ている。少し大きめの四角い君のバックパックは下の角のところが両方とも傷んでいる。

「あのおじいさんはどう?」

 君はぼくを振り返り、自分が先に見付けたと言いたげに口元がほころんでいる。誰かを探しているのではなく、困った人を見つけていたか。君が困っていると思ったおじいさんは灰色の背広を着て、極端に狭い歩幅で歩いている。細めの背広よりさらに細い体つきで、皮靴もサイズが合っていないらしく、歩くたびにかかとが靴から浮くようなぎこちない歩き方をしている。おじいさんの後ろで小さな渋滞が発生し、本人はそれにも気が付いていないから、傍目には充分困っているように見える。

「違うんだ」

 ぼくはおじいさんに目をむけたまま、否定した。困っているとうい本質が違うわけだが、それをどう説明してよいのやら。もちろん君は即座に反論した。

「あの人が困ってない?そんなわけない」

「ぼくが言う困っている人とは違うんだ」

「?」

 君は言葉にならない言葉と表情で、疑問と驚きを示した。残念ながらぼくは上手く説明する自信がない、ぼくは説明できる言葉を探す代わりに、困っている人を見つけ、その人で君に説明することに決めた。

「ほら、あの急いでいる人」

 ぼくは改札口から早歩きで出てきた黒っぽいスーツを着た30代のサラリーマンを目で追った。

「あの黒のスーツの?」

「そう」

「サラリーマンなんてみんな困ってるわよ。仕事に家庭に、人間関係に」

 君は雑に言い捨てた。

「だから違うんだ」

「はいはい」

 また君は雑に言い捨てて、両手を小さく広げた。

「あの人は財布を掏られたんだ」

「それで困っているの?じゃあなんで警察の方に行かないで、駅ビルの方に行くのよ」

 君がしゃべっている間に急ぎ足のサラリーマンが駅ビルに入って行き、それを2人並んで見ていた。改札口を出て左へ少し歩いたところに交番があり、今は交番の横に2台のパトカーが停まっている。財布を掏られたのであれば、普通はそこに行くだろうと君の主張は正しい。黒っぽいスーツの男は急ぎ足のまま交番とは反対方向の駅ビルへ入って行き、2人の視界にはもういない。

「あの人は財布を掏られたことにまだ気が付いていないんだ」

 ぼくは君を向いて言った。ぼくはもっと上手く説明したかったが、どう説明していいのかわからない。説明しにくい例を選んでしまって後悔している。

「へぇー」

 君はぼくの方に向きを変えず、駅ビルを見たまま、首を小さく上下に振って雑に吐き捨てた。

「じゃあ、あの人はまだ困っていないのね。意味がわからない」

と君はゆっくりと言い、やっとぼくの方に向き直ったが、君はぼくを見据えている。黙秘を続ける容疑者を取り調べるかのようにぼくを見据えていたが、

「バイトに行かなきゃ」

と君は言いながら駅ビルの方へ歩き出した。いつもより少し早い気がするが、君も急ぎ足で駅ビルの中へ入って行った。


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