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困った少女

「今日もいたのね」

昨日と同じ格好をした君はぼくをのぞきこんで言った。薄手のダウンジャケットの下に着た黒いセーターまで昨日と同じだった。

「また困った人を見て楽しんでるの?」

君からのひとつ目の質問は少し意地悪で、語尾を上げたときの笑い方も少し意地悪だったけど、ぼくは悪い気はしなかった。意地悪な笑い方した口もとから少しだけ並びの悪い白い歯が覗いていた。

「さあ、今日の困った人は?」

ぼくがまだ質問に答えていないのに、君はよくあるクイズ番組の司会者のようにふたつ目の質問をした。ぼくは黙って君を見つめている。

「昨日はよく眠れたの。バイトから帰ってすぐに。それで今日もあなたがいるかなあと思って、少し早く来てみたの」

行きかう人の波はこれからピークを迎えそうな気配がした。君がここへ来たのは昨日より30分くらい早いようだ。

「そしたらやっぱりいた。(あなたは)暇なのね。大学でもたまにしか見かけないし、今日は学校へは行ったの?」

昨日のことで、ぼくへの君の警戒心は少し薄れたのか、今日の君は昨日の君より少しおしゃべりだ。早くも3つ目の質問である。

「あそこの女の子」

ぼくは改札口とは反対側にあるショーウィンドウに飾られた洋服を見ている女の子の方に目をやった。こちら側からは後ろ姿と少し横顔が見えるだけで、茶色く染めた髪と少し大きく見える赤いバックパックが印象的である。飾られたもの全体を見るのではなく、目線を上げ、一点だけを見つめている。

「どの子?」

君はぼくが見る方を振り返り、行きかう人を目で追っているようだ。君はぼくが指した女の子を見つけられず、小さく首を左右に振っている。君の髪が揺れている。

「あの赤いリュックの」

ぼくは初めて君の質問にすぐに答えることが出来た。君は赤いリュックに目を留め、そしてぼくの方を向き直った。

「あの子がどうかしたの?きっと高校生ね。でも制服じゃないから・・・」

君は右手で下におろした左腕の肘を掴んだ。

「家出少女ね」

君はあの子が高校生なら、今時分は帰宅時刻のはずだけど、制服を着ていないから、家出娘と推理したようだ。君は正解を待つ生徒のようにぼくを見つめている。ここで「正解」と言えば、君は小さく飛んで喜んでくれるだろう。

「違うよ」

「違わないわよ。昨日はたまたまあなたの推理が当ったけど、今日は私の推理が当っているわ」

君が当ったと言ったのは、昨日、困ったおばあさんがおじいさんを探しているとぼくが言ったことだ。でもぼくのは推理ではなく、見えているのだから、当ったのとは違う。

「あの子はさっきバイトをクビになったんだ」

「バイトをクビになるって、レジのお金でも盗ったの?」

君が何の悪気もなく言ったことはぼくにはわかっているが、通りすがりのサラリーマンが「盗ったの」に反応して君を横目で見ながら通り過ぎて行った。

「この駅ビルのファミレスでバイトしてたんだけど、新しい店長に髪の色を注意されて、嫌になって辞めたんだ」

「じゃあ、クビって訳じゃないわね。ここからだとそんなに派手な色には見えないけど。もう少し近くで観察してみたら?」

あの子の髪の色は明るめの茶色なのだが、日が落ちて周りが薄暗くなったとの、ショーウィンドウの照明で影になって黒っぽく見えている。君はぼくの推理が、昨日はたまたま当っただけとしか思っていないようだ。君が家出少女と決めつた子を観察するように二人で見ていると、君のバックパックから電子音が聞こえた。

「ちょっと待って」

ぼくに言ったのか、自分のスマートフォンに言ったのかわからないが、君はバックパックを背中からお腹の方に回し、バックパックのポケットのファスナーを開けて、さっき音を発した電子機器を取りだした。君にはそのバックパックは少し大きいと思う。スマートフォンを見ながら君の眉間に少しだけシワが寄った。

「アリサ、また休みだって」

君は呟いて、ぼくをにらんだ。今日のアルバイトのパートナーであるアリサが突然休んで、ホール係が君一人になるとぼくに説明してくれた。だから、ぼくをにらんだ訳ではなく、アリサをにらんだのであった。ぼくは困っている人が見えるから説明は不要なのだけど。アリサは先月も突然休んで、その時にも君は一人でホール係として、酔った客達をさばいた。もちろん調理も担当する店長がホールを手伝ってくれたのだが、どうも店長とは息が合わず、思い通りにさばけなかったらしい。あの時はタクシーで帰ろうかと思ったほど疲れたと君は腰に両手を当てて説明してくれた。

ついでにぼくにホール係を手伝わないかと「どうせ暇なんでしょ」と付け加えて、遠慮もなしに言ったが、ぼくには無理だった。君は「あたしが困っているのはわかってるんでしょ」とすごんで見せたので、本気でぼくをホール係として誘っているようだが、やはりぼくには無理だった。

君は右手に持ったままのスマートフォンで時間を確認し

「しょうがないわ」

と言いながら、スマートフォンを元のポケットに戻した。ぼくに小さく手を振り、そして赤いバックパックの女の子の方に駆けだした。

少し大きめの黒いバックパックを背負った君が、大きめの赤いバックパックを背負った女の子に近付いて行くのを見ていた。君は茶色い髪の女の子の少し手前で走るのを止め、様子を窺うようにゆっくりと近付いている。ゆっくりと歩きながら話かけるタイミングを計っているようだ。ついに君が女の子に話しかけ、女の子の両肩に力が入るのと同時に、君を振り返ったが、女の子の顔は君の頭に重なってここからは表情を確認することが出来ない。

女の子と短い会話を交わした後で、2人並んで自動ドアの方へ歩き出した。遠くから見ていると、たまたま駅前で久しぶりに会った友人同士が、弾んだ会話を続けるために喫茶店を探しに駅ビルに入って行くように見えた。ただ2人はきちんと肩を並べるのではなく、さっきアルバイトをクビになった女の子の肩が少しだけ後ろを歩いている。君は女の子に何か言うために少しだけ振り返った。笑顔だった。


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