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「タラノフ今宵は堪能させてもらったぞ。ご父君は突然のことではあったが、これだけものを準備できる其方ならばこの先も不安はないな。大儀であった」
兄夫婦が跪いて島主のお言葉を受ける。満足そうで何よりだが、兄は私が予想していた通りの返しをした。
「ありがとうございます。つきましては、今宵の料理を考案した者をご紹介させてください。我が弟レナートです」
予想していたしこう来てくれないと今後の話が出来ないので良いのだけれど、いきなり主君との対峙とか。貴族として受けた教育と前世の記憶を総動員しなければと、結構緊張するものである。
「初めて御意を得ます。ヴァレリー・タラノフが弟、レナートと申します。料理研究家を名乗っております」
「ほう、料理研究家とは初めて聞いたがなかなかの、いや、かなりの成果ではないか」
「有難きお言葉、痛み入ります……」
「ふむ。何ぞ望みがあれば聞こうか」
おお! 沈黙通じた。人の上に立つのが身に付いてる感じで、政治家としての能力は知らないけれどなかなかの人物なのかもしれない。
「実は、我が家は今、いささか苦しい立場にあります」
「レナート!」
「良い。兄思いの良い弟ではないか。話してみよ」
「は。料理をお褒め頂きましたが正にそれが問題でして、兄上も義姉上もお客様を招くばかりで招かれることが無くなってしまったのです」
「良い事のようにも思えるが……」
「先日も父上が残した絵画を3点売りに出したばかりでございます」
話を聞いていた島主の周辺に居た人々が、気まずそうに顔を背けた。
そりゃそうだ。古今東西異世界でも地位身分の高い方が飯をおごるのが普通のことで、生前の父ならともかく今の兄に一方的にたかってくるのは異常事態だ。これを是正するには、私の料理を何らかの形でオープンにするしかないが、ただでくれてやったのでは今後の展望も何もない。
「なるほどな。しかしどうしたものか」
「臣が愚考いたしました策が2つございます」
「うむ」
「1つは料理屋を造ることでございます。本日の様な食事ができる料理屋があれば、兄上義姉上ばかりが負担することは無くなるでしょう。無論、その料理屋ではイルルカ貴族の予約が最優先されます」
島主は興味深そうに目を細め、無言のまま先を促してくる。
「2つ目は料理教室を開くことでございます。有料でイルルカ貴族に仕える料理人を鍛える教室を開けば、皆様のご自宅でも食べられるようになるでしょう。料理人が育った暁には、料理屋の方は純粋に金銭的利益を上げるようになります」
「よろしい。イグノヴァ委細は任す。レナート、近いうちにイルルカからも料理人を派遣するから受け入れ態勢も整えておけよ」
「ありがとうございます」
これで島主の肝いりで料理屋を持てる。キールを引き抜くことになるから、当面家にはデリバリーが必要かな。
それにしても新任の代理官長ってイグノヴァさんって言うのか。パーティーの最初にあいさつが無かったから今知った。なんか扱いが低くて不幸。
「突然何を言い出すのかと思ったぞ」
「ご相談もせずに申し訳ありません」
「まったくだ。だが、お前が自ら切り開いた道だ。好きにせよ」
家に帰ったら、当然のことながら兄に呼び出しを受けた訳だけれど、腹違いで仲良く遊んだ思い出など無い弟に対して、なかなかの兄貴っぷりだと思った。