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島主を迎えるにあたって、各方面と打ち合わせしなければならなかった。警備やらは私にはあまり関係ないけれど、料理と給仕はこちらの指示に従ってもらわないと困る。
今回はシッティングビュッフェ、日本でもっと馴染みのある言い方だとバイキング形式を提案してみた。島主はそれほど長く滞在する訳ではないから、一度にいろんな料理を味わってもらうにはこれしかないと思ったのだ。
何しろここ最近、片栗粉と水飴を手に入れた関係で中華とデザートが捗っている。八宝菜、青椒肉絲、干焼蝦仁、プリン、レアチーズケーキ、クレープ……
現状、麺料理に手を出すのをためらうくらいには、メニューの増え方が加速している。新メニュー開発は一時止めて、今回のパーティー用に絞り込まなければならないだろう。
ウドムットの風習では、この種のパーティーには妻帯者や婚約者がいる者は、女性を伴うことになっている。参加者は50人を超える予定で、警備や給仕をする人員の食事を用意する必要があるそうだ。
とても私とキールだけでは手が足りないと訴えると、7人ほど助っ人料理人を付けてくれるという。レシピの流出は必至で、ある意味頃合いなのだろう。
せめてその事が有利になる方策を考えておかないとな。
前日から助っ人を呼んで、島主が滞在する公館で仕込みをする。
洋風のスープストックにしろ、中華風の鳥ガラスープにしろ、出汁を取ったら中身を捨てることにまず驚かれた。こちらで用意したよく切れる包丁も。
キールも最初はそうだったなーと、まだひと月ちょっとしか経っていない以前の事を懐かしく思い出す。
冷蔵庫のないこの世界では、作り置き出来るものは少ない。出汁を取って、切った食材が乾かないように濡れ布巾をかけたら今日は終わりだ。ただ量がちょっとばかり多いだけで。
そして当日、朝から慌ただしく料理を作っていく。私は指示を出して味を見るだけだけど、慣れない工程もある助っ人たちは大変そうだ。多分、ウチの料理を覚えてくるよう指示されてるのだろうし。
ある程度回るようになったら厨房はキールに任せて、給仕係の方で最終確認。今回は料理前まで来た客に、給仕係が取り分ける方式を採用した。自分の担当する料理の説明が出来るように教え、初回は少量、おかわりは客が欲しいだけ取り分けるよう指示しておいた。
料理は冷菜を5種、スープを3種、温菜を7種、デザートを4種用意した。少量ずつでも全種食べればそこそこ腹に溜まる。
ビュッフェの楽しみ方は兄夫婦に教えておいた。というか品目少なくして一度家でリハーサルしてあるので、コネ全開で楽しみ方は拡散しているはずだ。特に2種用意したデザートを片方しか食べられなかった義姉は、必ず島主夫人にまで話が通るようにと家に来た客だけでなく、方々に手紙までしたためていたので大丈夫だろう。
午後も早い時間から徐々に客が集まりはじめた。こういう時に身分が低い方が待ち時間が長いのは、場所も時代も関係なく定番である。
待ち客に今回ギリギリ間に合った、まだ義姉にしか出したことがないハーブティを出しておいた。ミルクと水飴を「お好みで」と添えておく。当然ながら水飴は大受けである。
いまや大人気の義姉の昼食会は、貴族とはいえ比較的身分の低い待ち客達にはもはや参加する余地がない。クライネフの店でもまだ売りに出していないので、うわさには聞いていても初体験のはずだ。
ハーブティ自体は、前世の記憶と比べると味は悪くはないが、正直そんなに香りは良くはない。ただ、お茶の習慣自体がなかったこの国で、なんとか客に出せるレベルのものが用意できたことに今は満足しなければならないだろう。
習慣が広まれば、そのうち誰かがもっと良い物を見つけ出すだろうことに期待したい。
会場がほぼ埋まったところでお茶は引き揚げて、長テーブルの上に蓋がされた大皿が並び始める。客がザワつく中、呼び出しの声が響いた。
「イルルカ島主エドアルト・スラクシン様、並びに島主夫人マリーヤ・スラクシン様がご入場されます。皆様、ご起立願います」
切りそろえた髭を生やした島主は40前後ぐらいと意外に若く見えるが、島主夫人はまだ20代のように見受けるので島主は晩婚だったのだろうか? それはどうでもいいか。島主夫妻の後に続いて入って来たのが新代理官長夫妻だろう。主賓の4人が着席すると、先ほどの呼び出しが全員の着席を促した。
この後、ウダウダとあいさつが続いたりするんだろうなと予想していたのだけれど、そんなことも無くあっさりと食事会が始まった。
客は7つの円卓に別れているのだけれど、当然料理に向かうのは身分が高い人が集まるテーブルの方からになる訳で、早くから来ていた人等はまだ待たされる。いささか可哀そうにも思うけど、封建社会でこういうのはもうしょうがない。島主等が一々料理の説明を聞いてから盛り付けさせているのも時間がかかる原因の一つだったりする。
4卓目の客が料理を取る頃には残り少ない皿が出始めたけれど、タイミングを見計らって同じ料理の追加がワゴンに乗せられて運ばれてきた。今日は身分が低い者も出来立てを食べられるようになっている。そのためのビュッフェだ。裏ではキール達が奮闘してくれてる結果だけれども。
7卓目の客まで料理が行きわたるのを待ちかねたように、島主が勢いよくおかわりに出た。クリームシチューと唐揚げの甘酢あんかけと白身魚のフライタルタルソースがけと……結構な量をご所望のようだ。夫人にはちゃんと義姉のお手紙が届いているようで、棒棒鶏を少しとミネストローネだけで我慢しているように見える。
おかわりになると身分の高弟に関係なく行列ができていく。ゆっくり味わって出遅れた新代理官長が、一番最初に来た客の後ろに行儀よく並んでいるのがなんだかかわいい。
3巡くらいしたところで人気の高い順に半分ほどまでメニューを減らして片側に寄せ、空いたスペースにデザートを出すよう指示した。お呼び出しを受けたようで、義姉が島主夫人の横に付いてデザートの説明をし、夫人が来た時には下げられていたハーブティを一緒に勧める。
いつの間にか席が入れ替わり、男性陣の酒盛りテーブルと女性陣のお茶会テーブルとが出来上がって、島主夫人はデザートとお茶が近い中位程度のテーブルへと引っ越し済みだったりする。まあ、ビュッフェ形式のパーティーではあるあるか。
騒がしくも和やかに夜が更けていった。