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義姉の客は兄の同僚の奥様方。ランチなので例の義姉上お気に入りのタコス風パン巻、中身を変えてサラダ・肉・シーフードと三種用意してみた。
クリナのから揚げと、朝届いたばかりの果物で作ったミックスジュースを添えれば、ランチとしては充実したメニューではないだろうか?
それからというもの、忙しい日々か始まった。
新食材の情報収集と取り寄せ、食材情報はクライネフにも流して安定供給の道を模索してもらう。
新メニューを開発して兄夫婦には朝食で少量試してもらい、私とキールは試作品で腹いっぱいという日が多くなった。
来客は最初こそ間が空くこともあったが、10日もすると評判が広まったのか連日、昼は奥様方のランチ時々子供連れ、夜は男性陣のディナーもちろん酒付きが常態化してしまった。
「兄上、義姉上、こうまで来客が多いと、お約束した二倍の食費では収まりませんよ」
「わかってはいるのだがな、断り切れない相手もいるのだ」
「そうなのです。ですから私たち二人で話し合って、落ち着くまでは御義父様の残して下さったものを切り崩してでもということになったの」
マジか。スポンサーはこの二人なので反対はしないし、一気に顔と名を売るチャンスなのだろうけれど、大丈夫かね?
「少し先だが父上の後任の代理官長が赴任される。島主様とご一緒にオルロフへ登られるが、その際の接待役を仰せつかった」
なんだその忠臣蔵みたいなシチュエーション。仇討ちする相手なんかいないけど、一応確認しておいた方が良いだろう。
「島主様に魚や野草なんかを使った料理をお出しして大丈夫なんですか?」
「その島主様がお前の料理をご所望なのだ。早くもイルルカに評判が伝わったみたいでな」
思ってたより大事になってた。
島主を迎えるという大一番の前にどうしても用意しておきたいものがあった。
キールを伴ってクライネフの店へ。案内されたのは倉庫の方だった。
「お待ちしておりましたレナート様。この大量のリフェーリ、そのままお買い上げ頂ける訳ではないのでございましょう?」
「確かにこのままでは買えないね。だから売れるように加工するのさ。その方法を今日と明日で教える」
「かしこまりました」
「それにしても、何で僕のことをそこまで信用してるんだ?」
「ご相伴にはあずかっておりませんが、この仕事をしていればレナート様の料理の評判は聞こえてきます。ご用意した変わった食材を生かされている上、今までの料理とは隔絶した美味だとか。その方がおっしゃることですから」
「でもこれ、どう見ても船一杯分仕入れた訳でしょ」
「ライカールのリフェーリがいくら安いと言っても、一度に大量に運ばなければ船代で足が出てしまいますからな」
ま、私が損するのではないからいいけどね。完成すれば売れると思うし。
「それじゃあキール、手伝ってくれ」
「はい」
そういう訳で、厨房に移動して加工食品のサンプル作りだ。
皮を剥いたリフェーリ芋を摩り下ろして布で包み、水を張った鍋に浸してから絞る。こうすることで水溶性の成分だけが鍋に溶け出す。主成分はデンプンだ。
二つの鍋にそれぞれリフェーリ数個分の作業を繰り返すと水は真っ白に濁った。
片方は蓋をしてそのまま放置。もう片方は火にかけしばし待つと、温度の上昇と共に透明度が増していく。焦げ付かないようかき混ぜながら沸騰させ、ほとんど透明でドロドロのゲル状になったところで火から下ろす。
「クライネフ例のものを」
「こちらになります」
クライネフが差し出したのは、水に浸けて発芽させた麦を天日で干したもの。つまり乾燥麦芽だ。私の指示で作らせた。
「キール、こいつを細かく刻んでくれ」
「わっかりました」
麦芽の酵素が一番働くのは70℃くらいだと何かで読んだ気がするけど、現状温度を測るすべがない。
しばらく冷ましたデンプンゲルに、おもむろに刻まれた麦芽をぶち込んだ。適量がわからないのでどっさりと。
こちらも蓋をして明日まで放置になる。
「作業はこれで終わりだよ。明日また早い時間に来るから」
「かしこまりました。どのように仕上がるのか楽しみですな」
そして翌日、再びクライネフの店。
一つ目の鍋の蓋を空けると、昨日は白濁していた水がほぼ透明になり、白いものは鍋底に沈殿していた。
鍋を傾けて水を捨てても強い粘度で鍋底にへばり付いている。
「これを乾燥させるとポロポロ崩れて粉になる。僕はカタクリ粉と呼んでる。色々と料理に使えるんだけど、僕の調理法が広まるまでは僕しか使わないだろうね」
「ということは、レナート様は料理を広めるおつもりなんですね?」
「そうだね、頃合いを見てね」
二つ目の鍋の蓋を空けると、デンプンゲルは琥珀色に変色していた。スプーンで少しすくってそのまま口へ。
「おっしゃ、大勝利!」
「はっ? どうされました」
「悪い悪い。一口舐めてみなよ」
クライネフとキールが琥珀色のそれをスプーンですくって口に運ぶと、愕然とした表情になった。
「あっ甘い。すげー甘い」
「何ですかこれは、まさか芋と麦からこんなものが出来上がるなんて……」
「貴族に高く売れそうだろ?」
「はっ、はい。それはもう」
甘味は貴重だ。彼らは果物と蜂蜜ぐらいしか知らないだろうし、蜂蜜はかなりの高級品で気軽に料理に使えない。
砂糖が伝来する以前の日本で最も多く作られていた人工甘味料、水飴がこの国で完成した瞬間だった。
とまあ、ウドムット的には歴史的なことではあるのだけれど、私としては一瞬地が出たくらいでそこまでの感動はない。
「こんな凄い物の作り方を私どもにお教えいただいて、何とお礼を申し上げれば……」
「僕には安く卸してくれればそれでいいさ」
その場でほぼ原材料費で買える契約を結んだけれど、したたかに利潤追求してた商人が、感動のあまりおかしくなってないかい?
あんまり派手に買い占めると、芋の値段上がるよ?
その日の夕食、水飴で甘みをつけた生クリームとトロピカルフルーツで作った、フルーツサンドならぬフルーツタコスをデザートに出したら、予想通り義姉に大好評だった。
早速明日の昼食会から定番メニューにすることをご所望だけど、流石にこんな間に合わせじゃなくて、デザートにももう少し凝らせて下さい。