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 今日から早速食材探しの開始だ。という話をキールにしたら、もうすぐ食料品を扱う商店の御用聞きが来るというから待ってみることにする。

 やって来たのはおつかいって感じの12歳前後くらいの少年で、取り扱い商品についての知識もあまりない。質問しても要領を得ないから店へ連れて行ってもらえないか頼んでみた。そんなことを言われたのははじめてだったのか少年は少し驚いたようだったけど、店まで案内してくれるという。

 貴族の邸宅が立ち並ぶ一帯から港の方面へなだらかな坂を下っていく。徐々に人通りが増えはじめ、かすかに潮の匂いを感じ始めたところで少年が店を指さした。

 大きな扉の前に馬車が何台も停まっている様はいかにも倉庫って感じだけど、その脇にオマケのように普通の入り口があってそちらへ案内された。

 少年が声を掛けた店主と思われる相手は、40代半ばあたりの小太りの男だった。平民だが、比較的しっかりとした身なりをしている。


「旦那さん、お客さん連れて来ました」

「は? お客様だと、お前……失礼しました。店主のクライネフと申します」

「タラノフ家のレナートだ。よろしくたのむ」

「わざわざ当店までご足労いただき恐縮です。それでレナート様、本日はどのようなご用件でしょうか?」

「貴族が普段、食べていないような食材を探しているんだ。平民は高価な肉をあまり食べられないので、魚を食べると聞いたことがあるがそういうものだ」

「ははあ、魚や野草ということですか」

「野草?」

「野草と言うのはですな、畑で育てられた野菜ではなく……」


 いや、野草の定義を聞いてるんじゃなくてですね。

 その後も色々質問してみたことをまとめると、島国であるこの国は耕地にできる土地が根本的に少ない。結果、その多くは穀物を育てることに使われている。野菜の栽培や牧畜は限られた土地で行われ、それらは高級品として多くは貴族に消費される。

 平民は自然に生きている魚や野生動物、野草・山菜の類を取ったり採集していて、野菜や家畜の肉はたまのぜいたく品ということのようだ。この国で15年も生きてきて知らなかった……家人以外の平民と接する機会が少なかったせいでもあるだろうけれど。

 これらの食材は貴族向けのこの店では扱っておらず、もっと港よりの市場で扱われているということだった。

 仕事中だというのにクライネフが市場を案内してくれると言う。商売の領分は違っても、食材を扱うということで市場の食品店とも繋がりがあるということだったので、好意に甘えることにした。


「なあに、レナート様がお買いになるなら、今後は当店でも扱わねばならないですからね」


 最初に案内されたのは野草を扱う店。少しずつ生で味見してみたところ、苦みのあるホウレンソウやえぐみの強いルッコラ、苦くて辛いニラといったものがあった。生食には向かないけれど、灰汁取りして調理すれば美味しく食べられると思えるものばかり。

 魚を扱う店では下ろされた魚肉だけが売られていた。魚は捌いてから売るのが一般的だそうで、アラは食べないらしい。さすがに生ではギャンブルが過ぎるので味見はしなかったが、タラっぽい白身魚とマグロみたいな赤身を購入した。

 ついでに隣の店で売られていた小ぶりのハマグリっぽい貝も買っておいた。潮干狩りは子連れの女性にも手軽な副収入なのだそうだ。

 一気に使える食材が増えたし、何よりどれも安い。


「世話になったねクライネフ」

「いえいえ、これからもご贔屓のほどよろしくお願いいたします。本日買われた食材も、お申し付け頂ければお届けいたしますので」

「それにしても、魚の内臓や頭は無いんだね」

「ええ、そこは魚とはいえ貴族の方々に倣って処理するものですので」


 えっ? ああ、そう言えばレバーや牛タンも食べたことなかったな。牛骨スープも。


「モームの内臓や骨は手に入らないか?」

「っ! ……手配してみましょう」


 ためらいがちにだけれど、クライネフは了承してくれた。

 別に宗教的なタブーとかではなく、ゲテモノ扱いされて食べられてない。私も前世の記憶が無ければ食べようとは思わなかっただろう。


 すべての食材を即日夕食に使えた訳では無かったけれど、クラムチャウダーも白身魚のフライも好評。

 味付けに使う出汁が洋風なのでどこか洋風な肉野菜炒めは、濃い目の味付けにしてパンで巻いてみた。ようするにタコスやドネルケバブみたいな食べ方で、これは義姉のお気に入りになったようだ。


「ところで急なんだが明日の夜に来客がある。その料理を頼みたい」

「兄上、本当に急ですね。まだまだ実験することも多いのですが……」

「今日までに出してきたメニューで十分であろう。実験は客が無い時にすれば良い」

「私も明後日の昼にお友達が来るのです。お願いして良いかしら?」


 確かに社交・外交に役立つと言ったし、その有用性を認めてくれているからこそ客を招待したのだろうけれど。

 まあ、スポンサーの意向なのだから仕方ない。新作は二人に最初に出すという条件もあるので、今までに出した料理で組み立ててみるしかない。


「わかりました。兄上は明日の夕食、義姉上は明後日の昼食でお客様を迎える訳ですね。お客様の人数を教えて下さい」


  こうして初めて客の歓待に私とキールの料理が使われることになった。

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