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「おかげさまで、本当に必要としているものが分かりました」
「何かね?」
「立憲君主制と、義務教育と、メディアの創設です。そして、それらを実現するために生産性の向上による経済の活性化と、中産階級の育成が必要です」
「なるほどなるほど、色々と出てきたものだね。1つずつ詳しく聞こうか」
前世における嫌悪と忌避の根源は分かった。ただ、考え無しの平和主義を信奉出来るほど楽観的にもなれない。
フルロヴァ氏の指摘はまったくもって正しくて、将来別の国が力を持って侵略して来ないとも限らない。私もこの先この国で子孫を生すとすれば、真剣に国防について思い致さなければならないだろう。
ウドムットは日本と比べると極端に外国との接触が少ない。おそらく近くに大陸がない、大洋に浮かぶ群島なのだろうと思われる。けれど、漂流してきた外国人が保護されたり、その子孫が暮らす村なんていう話はいくつかある。
そうであるなら、この国の生産力と技術力を高めておくに越したことは無い。そして、その力を無暗に行使しないよう、民度の高い社会を育て、権力者には制約を課すことが必要になってくる。
正直なところ、自分が楽しく生きられればそれでいいと思っていた。ただ、少しばかり考えただけでも、漫然と今の平和を享受するだけではダメなことくらいは分かる。
だったら少しでもマシな未来を展望できるようにしておきたい。そして、その為にはこの天才さんの理解と協力が必要だ。
「王や島主の権限の明記は判る、だが大衆の義務と権利か。容れられるかが難しいところではあるな。なぜそれが必要と思うのかね?」
「基本的な生存権や生活権が認められていれば、かえって安易な反乱などが起こりません。安定した衣食住と、公平公明な裁判制度が有れば、その体制は長く続くものです」
「ふむ、まあいい、時を改めて議論しようか。では次は義務教育だが、これの有用性は判りやすい。市井の才能を発掘することができるだろうな。漁師の子から宮廷医となったリシツィンのような。しかし、メディアというのが今一つイメージできない。普通に本ではダメなのかね?」
「読み書きが出来る様になった大衆に、時事の情報を与え、考え議論することで民度が高まるはずでして……」
「それほど確信があることではないのかね?」
「捏造や印象操作、プロパガンダと色々見て来ましたからね。ただ、無いよりは有る方がはるかにマシです」
「ふふん、随分と率直に話すのだね」
「隠すより、貴方に理解してもらって協力を得るのが一番だと結論しましたからね」
その後も長々と言葉は尽くしたし、思い描く未来像の共有はある程度できたと思う。
「では改めて、糸車の話をしましょう。簡単に言うと水車で糸車を回して、人の労力を減らし大量生産をするってことです」
「む……なるほどな。しかしそれは……糸車以外でも出来そうな話ではないかね?」
「さすがですね。おっしゃる通りです」
「ふふふっ。あらゆる物が、労少なくして大量生産できるようになる、か。ふう、君の懸念の一端は理解できるな」
「僕も……いえ、私もあまり詳しくはないのですが、設計を工夫すれば、人の手で回すよりも大きな糸車を回すことでより強い糸が作れたり、複数の糸車を一人の職人が受け持ったり出来るようになるはずです」
「他への応用も気になるところだが、どうあってもまずは糸からということかね?」
「ええ、前世でもそれがきっかけでしたから」
何と言うか、万能な天才が居ると、色んなレベルで説明が簡単で助かる。
ブラック企業化を避けるために、陽が昇ってから働き、陽が沈んだら休む、という現状の生活を維持する事を約してひとまず話し合いは終わった。