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ちょっと忙しかったのですが、まさか1週間も空いてしまうとは……

 何だかわからないが、薄黄色っぽい果肉にスプーンを当てるとグチャッと潰れた。非常に柔らかく、脆くなっているようだ。潰れたものをスプーンですくって口に運ぶ。微かに塩を振られただけの味付けだが、旨味がとても強い。食感からして煮込んだバクラ? でも味が全然違う。強いて前世の記憶に当てはめるなら、酸味の無いトマトジュースのような……!!!

 食材の開拓は頑張って来たつもりだけど、トマトの代わりになるようなものは見つかっていない。これをトマトの代替品に出来るなら、料理の幅は更に広がる。


「ずいぶんと驚いた表情のようだね。これの製法を知りたいかね?」

「ええ、ぜひとも!」

「そこで取引きだ」

「取引きですか?」

「また警戒顔になっているな。私は君の言う高度な文明の記憶に、何らかの答えを求めている訳ではないのだよ。むしろ興味を引く研究課題を提供してほしいだけなのだ。実際、君自身うまく説明できない事柄も多いようだしね」

「なるほど。研究テーマを……わかりました」

「そう。月に一度、私の興味を引く様な新たな研究課題を提示しすること。それがこの物体の製法を教える条件だ」


 多分、何らかの酵素がバクラに含まれるタンパク質? をアミノ酸? に分解するからこういう味になるんじゃないか、ということはおぼろげに理解できる。水飴に関する私のあやふやな説明から、早くもこういう有益な結果を出したのだろうけれど、どれだけの組み合わせでどれだけの実験を繰り返したのだろうか?


 それにしても研究テーマか。

 日本の記憶から想起される研究テーマ、ニホン、ニッポン、ジャパン……ジャパニングはどうだろうか?

 ジャパニングとは、アジアから輸入される漆器を模倣してイタリアで生み出された塗装技術だ。ヨーロッパには漆の木が無いので、ニス等に顔料を混ぜて塗装される。日本の鎖国政策によって、上質な漆器の輸入が減ったことで普及した。

 日本でよく目にする成果物は、グランドピアノだろう。あの、伝統漆器にも匹敵する艶やかで美しい黒がそれだ。

 このジャパン塗装、後に金属の防水・錆止め用や電化製品の絶縁膜として広く応用されたのだが、応用したのは欧米であって日本じゃない。他所から入って来た物を自分たち好みに魔改造するのは得意なのに、伝統技術を守りはしても応用発展させて行くのは意外と苦手、というあたりが実に日本らしい。

 そのエピソードは伏せたまま、ジャパン塗装の研究を提案してみた。


「つまり、ニスに顔料を混ぜ込んで、塗装と艶出しと防水加工とを一緒に行う技術という訳です」

「ただしその詳細は知らない、ということかね。なるほど、面白そうではあるが……まあよかろう。コンドラート君、これの説明を頼んだよ」

「かしこまりました。先生」


 そうして、トマトもどきの製法を教えてもらった。緑のバクラより収穫時期の遅い白バクラを、刻んだサーフィーという花の球根と漬け込んでおくそうだ。球根の方は食用には適さないので、白バクラだけを食べることになる。汁が赤いのは球根の方の色素だという。


「ありがとうございます。これでまた料理の幅が広がります」

「いやなに、偶然の発見に過ぎないのだよ。まだ、顕微鏡の精度も思うようには上がっていないしね」

「すみません。僕の知識が中途半端なばかりに……」

「気にすることはない。ところで今日の夕食は、イルルカ貴族から君の店に招待されているのだ。いささか早いが、帰るのであれば一緒にどうかね?」

「そうですね、ご一緒しましょう」




 そういう訳で、帰りはフルロヴァ氏と一緒ということになった。

 さすがに話題豊富で楽しいひと時といったところではあったのだけれど、とある光景が目に入った途端、その光景に目が釘付けになり、思わず立ち止まってしまった。

 貴族の使用人だろう、1人の老婆が表で糸車を回して糸をよっていた。

 単純な連想ゲームだ。糸車、紡績機、蒸気機関、そして産業革命へ。


「ふむ、糸車か……塗装技術より面白い話が聞けそうだね?」

「あの……」

「君が高度な文明の記憶の一部から、私を遠ざけようとしているのは感じ取れるが、何をそんなに恐れているのかね?」

「いやあの……」

「君は、君自身がひどく傲慢であることに気が付いていないように思える。君がしゃべらなければ、我々の文明が君の記憶に追いつく事はない、そう考えて居るのではないかね? なるほど、私に話せば文明の発展は加速はするかもしれないが、私でなくとも後代の誰かがたどり着くだろう。文明とはそういうものだ」

「……少し時間をください」


 フルロヴァ氏の指摘はもっともだ。私はひどく落ち込み、自問自答を繰り返した。

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