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 それからしばらくは忙しくも平穏な日々が続いた。

 野草や魚介を扱う貴族向けの商店はクライネフの店だけでは無くなりつつあるけれど、今のところ水飴の製法は流出していないようなので、しばらくの間はライバルから抜きん出ていられるだろう。私たちの店に追従してくる料理店も出て来ていない。一番高価な水飴の仕入れ値が段違いなので、同じ値付けではデザート付きのコースを提供できないからだと思っている。

 おかげで私たちの店はオルロフで一番の料理店との評判を確立し、イルルカ貴族の予約の間隙を縫って他島貴族の客も訪れるようになってきた。

 イルルカから派遣されて来ていた料理人の修行もひとまず終わり、給仕係も4家族が店の2階に引っ越してきている。

 メニュー決めにキールが意見するようになってきたのも良い傾向だと思う。部下が出来て料理長の自覚が出て来たのかもしれない。


 鍛冶屋などに依頼して作ってもらった調理器具も紹介しておこう。

 まず最初に発注したのがピーラー。これはキールの7歳の娘ターシャが厨房に顔を出すようになって、お手伝いをしたがるので用意してみた。持ち手の部分を子供用に細くしたので、外見は栓抜きみたいな形をしている。

 同じくターシャ用に発注したのがスライサー。皮むきだけでなく、薄切りや千切りのお手伝いも出来るようになってターシャは喜んだけれど、副産物として新メニューを生み出した。リフェーリチップスだ。デザート代わりにチップス&酒1杯を選べるようしにたら、男性客に喜ばれるようになった。

 料理人用には出刃包丁と柳刃包丁を用意した。工程によって包丁を代えるという発想が無かったようだけど、使ってみればその利便性から、魚だけでなく肉を処理するのにも使われるようになった。

 その他には中華鍋、蒸篭、天ぷら鍋、土鍋などがある。店で使うだけではなくて、料理教室に通う料理人達も使い始めているので、そのうち広まっていくだろうと予想している。


 ところで、この店に追従する店はまだ現れていないけれど、イルルカ貴族意外にもレシピ自体は流出しはじめてはいる。

 定期的に通っている平民向け市場で先日、タコス風のシーフードパン巻きが売られていた。料理人が喋ったり、相手が他島貴族なら金をもらって調理法やレシピ、調理器具の情報を流したりってことは当然起こってくる。守秘義務契約なんていう概念は今のところこの国には無いのだから、それを阻止するような手段は無いし、阻止する意味もあんまり無い。

 魚介や野草、野生動物を消費する貴族が増えれば、結果として特に他島との交易が増えて、多様な食材が流通するようになるのだから、咎めるようなことじゃないと思っている。




 天才変人からまた連絡が来るまで、およそ1か月の猶予があった。珍しく手紙だ。

 まさかもう酵素を発見したのか? と、一瞬思ったけれど、さすがにそれは無いだろう。現在のこの国の技術レベルでは、せいぜい微生物が発見できるようになるだけだと思う。細胞内の一物質に過ぎない酵素の発見は、いくら何でも次の世代以降になるんじゃないだろうか。

 それでは一体、何の用かと思って手紙を開いてみると、なんと食事のお誘いだった。

 普通、オルロフ一と評判の料理店のオーナーを食事に誘うかね? 向かうところ敵無しな感じがなんともあの人らしい。多分、ただの食事ではないのだろうと思うけれど。


 指定の日、はじめて訪れたフルロヴァ邸は、広い敷地にどういう訳だかそれほど大きくない建物が幾つも建っていた。

 右手前側にある建物からちょうど背が高い短髪の若い男性が出て来たので、手紙を手に声を掛けた。


「先生のお客様ですか。先生は今日は、温室の方にいらっしゃると伺っています」

「それはどの建物でしょう?」

「温室なのですから、当然あの硝子張りの建物です」


 あー、なんて言うか面倒臭いタイプだなぁ。一応は軽く礼を言って温室へと向かった。

 温室の扉には呼び鈴が付いていたので鳴らす……もう一度。慌てたように若い男性が飛び出してきた。こちらは中肉中背で、明るい褐色の肌が南方の血を感じさせる。


「はいはいはい、どなたですか」

「フルロヴァさんにご招待を受けた、レナート・タラノフと申します」

「えっ、もうそんな時間だったんですか? すみません、うかがっております。どうぞこちらへ」


 温室だけあって色んな植物が植わっている中の小道を案内され、一角に設けられたフルロヴァ氏の研究室のようなところへ通された。


「どうも、フルロヴァさん」

「ああ、レナート君か。用意させてあるので、そこにかけて少し待ってくれ。コンドラート君、例のものを持って来てくれるかね」

「はい」


 案内してくれた青年がまたどこかへ引っ込んで行った。今回の招待に関わるものを取りに行ったのだろう。


「それにしても、招待しておいて扱い悪くないですかね?」

「ん? 弟子の誰かが失礼をしたかね。気にすることは無い。これまでの経験上そういう者は大体脱落するので、そのうち顔を合わせる事も無くなるだろう」

「そういう問題ですか……」

「今日の物は君に利益があるはずなので、それを食べてみて価値を判断してから苦情を聞こうか」


 なんだかよくわからないけれど、相当な自信作のようだ。

 そして、運ばれてきたのは1皿だけ。何かの果肉に薄い赤系の汁がかけられたものだった。

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