12
いよいよイルルカ資本の料理店がオープンした。
店は1階に客を通す個室が10室と厨房、2階は従業員の住居という構造。今はイルルカから来た料理人たちが泊まり込みで修行中なので、2階に空き室が無くて給仕係は通ってもらっているが、これが終わったら希望者には格安で部屋を貸し出すことになっている。
幸いにも、今のところ昼夜とも1月先まで予約でいっぱい。季節の変わり目で新作料理を食べたいイルルカ貴族と、オルロフを含め他島の貴族を招く代理官の需要のおかげだ。
料理は昼も夜もコースになっていて、前菜とスープと箸休めは共通で、2皿のメイン料理とデザートをそれぞれ2種類から選べるようになっている。
実家ではじめた時、フレンチには無い箸休めを何の気なしに入れたら、それが定番化してしまって和食コースみたいな構成になっている訳だけど、冷・温・温・冷・温という流れは悪くないと思う。
だいたい、個々のメニューはもはやフレンチでも何でもない。和洋中何でもアリアリで、一例を挙げれば茶わん蒸しの出汁は洋風なので、日本のそれとは完全に別物料理になっていたりする。
そんな訳で、季節の新食材を元にメニューを考えたり、自分で食材の仕入れをしていたり、これまでこの国に存在しなかった調理器具の制作を依頼したりと結構忙しい。
なのに例の変人があっという間に書き上げた歌劇を見に来いとしつこい。しょうがないので、忙しい合間を縫って見に行った。結論、やっぱ天才だわ。
対立する両家とその間で揺れる男女の悲恋という大筋は変わっていないのだけれど、2人の秘密の結婚式は割と序盤であっさり行われ、中盤は両家の政治陰謀劇になっている。男は罪を犯して追放になるのではなく、陰謀に巻き込まれて遠ざけられ、既に結婚していることを証明しなければならない立場に追い込まれていく。女の仮死状態というのが男の政治的敗北にもなっている訳だ。それから自死は2人とも同じ短剣で行うことで結婚というか男女関係のメタファーにもなっていた。
しかもこの今までの歌劇よりかなり複雑な物語を韻を踏んだ歌だけで表現して、過不足なく観客に場面場面の状況を伝えるという離れ業。元ネタを知っているだけに、その力量に感嘆せざるを得なかった。
こういう万能型の天才ってどういう頭の構造してるんだろうか?
前世ではこういうタイプは全部歴史上の人物になっていた。学問も何もかも、高度に専門化された世の中だったので、時代的に生まれ得なかったのかもしれないけれど、劇作家・作詞家・作曲家としてこれだけの才能と、方位磁針や望遠鏡の発明というのが全くつながらない。
「いやあ、面白かったです。話の筋を知ってても感動しましたから」
「そうかね。君でも面白かったのであれば、あれはもう完成したものとして終わりだ。そんなことより例の水飴だ。この、麦を発芽させるというのが肝なのだろうが、なぜそういう作用が起こるのか、それを知りたい」
「えーっと……」
何だっけか? アミラーゼだっけ? その辺めっちゃ弱いんですが。
結局、うまく説明できなくて、顕微鏡で観察するという案で逃げてきた。さすがは望遠鏡の発明者だけあって、顕微鏡はあっさり理解してくれた。多分これで化学や生物学、医学が進歩していくんだろうなと思う。
1つ分かったのは興味の対象がバラバラに見えるけれど、彼、ロマーノ・フルロヴァの中ではどれも等価であること。そして、それが解決・完成したらもう無価値になってしまって、次の興味あるものへと突き進んでいくということなのだろう。
これでしばらく大人しいかと思ったら、数日後にはまたアポなしで突撃をかけられた。
「今度は何ですか?」
「私は今、顕微鏡の倍率を上げる研究で忙しいのだが、新しい劇を考えろとうるさくてな。また話の筋だけでも頼めないものかね」
「僕もそれなりに忙しいんですが」
「前と同じく、すぐに語れるあらすじだけで良い」
「そうですね……」
思いついたのが『ラーマヤナ』だったのでダイジェストで語ったら、ほとんど『桃太郎』になってしまった。まあ、彼ならなんとかアレンジするだろう。
「それにしても、今興味のある事しかしない人だと思ってました」
「王命ならば仕方あるまい?」
「あっそうなんですか」
意外と苦労しているようである。