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前世の話をした翌日、天才変人ことロマーノ・フルロヴァ氏に連れられて、歌劇の鑑賞にやって来た。
貴族最大の娯楽と言っていいこの国の歌劇は、オペラともミュージカルとも違う独特なスタイルだ。
1人の登場人物に対して、歌い手と踊り手が別々にいる。強いて言うなら能のようなスタイルなのだけれど、複数の登場人物が舞台上で交錯するし、歌と別れているからだろう、結構アクロバティックな踊りもあるので、能ともやっぱり違う。
フルロヴァ氏が作詞作曲した歌も、ダンスも素晴らしい。ただ、話の筋は致命的につまらない。
戦に赴く男と勝利と生還を信じて待つ女。強敵との戦いの後、海難事故で行方不明になる男。時に誘惑もあるが、それでも信じて待つ女。万難を乗り越えて生還した男と待ち続けた女が再会して大団円。
とまあそんな感じの話であって、前世の記憶を持つ今となっては、いまいちノれない。
「率直な感想を聞かせてもらいたいものだな」
余人が入って来ないように指示を出して、劇場の控え室の一つで話を聞かれた。どうやら前世のことは秘密にしてくれるらしい。
「えーっと、歌も踊りも素晴らしかったですが、話がつまらなかったです。これなら歌と踊りだけを楽しむ会、ライブコンサートっていうですけどそれにするか、もっと面白い話じゃないと入り込めないと言いますか……」
「例えばどんな話ならばもっと良くなると思う?」
「そうですね……」
とりあえずパッと思い浮かんだので、『ロミオとジュリエット』のあらすじを話してみた。
私の他にも前世の記憶がある人が現れたら剽窃と言われるだろうか? ただ、シェイクスピアならそんなに良心は痛まない。
シェイクスピアの作のほとんどは元ネタがあるからで、オリジナリティーの人ではなくアレンジと表現力の人だったからだ。
「ふーむ、確かに面白いな。その筋で一作書いてみよう」
「それでは、もう明後日に店のオープンが迫っていますので、本日はこれで」
「……そのように警戒しなくとも、別に商売の邪魔をする気は無いのだがね。君の発想の原点は私の予想と違ったが、それでもその知識を活かせばより多くのことを成せるのではないかね?」
「小さな事からコツコツとやって行きたいと思っています」
「その価値観がよくわからないが、まあいい。今日はこれまでとしよう」
改めてこの国の文明の度合いを考えてみる。
いわゆる四大発明の紙、印刷、羅針盤、火薬のうち先の3つが揃っている。
印刷は木版が中心だけれど、ちゃんと書籍も流通してる。羅針盤は変人さん自身が改良した。
せっかく天下泰平な国に転生したのだから、火薬の発明者なんて嫌だ……異世界転移した自称魔王な武将が、硝石培養して火薬を量産するマンガを思い出した。記憶を消せないものだろうか?
もはや料理だけ開発していれば済むような状況じゃないのはわかっているけれど、どうしたらいいのか。
私の望みはなんだ?
……美味しい食事があって、ちょっとばかりお金儲けもしたくて、楽しめる娯楽があって、平成の日本とまでは言わないまでも、文化的な生活を送りたいってことじゃないだろうか。
少なくともシェイクスピアには食いついて来たのだから、あの変人さんの才能を平和的、文化的な方向で発揮させる手伝いをすれば良いんじゃないか?
自分の中で整理がついて、心が晴れた気分だ。
そう、何も思い悩むことはない。私が望むような国、世界のあり方に近付けるように努力をすればいい。手に余るようなことさえも、実現出来そうな人材も居るのだから。
異常に恐れていたロマーノが、なんだか心強く感じられてきた。
ようやくタイトルにつながったので、更新ペース落ちるかもです。