八つ当たりの炎
「………ッ!!」
思い出した。
違う、思い出してしまった。
ヤマトは死んだ。
車に轢かれて潰された感じが、今でも思い出せる。
そして、どういう訳か生き返った。
服は轢かれた時のままだが血まみれで、よく見たらボロボロだった。これも暗闇で見えなかったらしい。
体は一応そのままらしいし、死んだ瞬間に再生してここに運ばれた、なんて言うのはいくらなんでもないだろう。
かといってそのままなら肉塊のままとっくのとうに死んでいる。
そして目の前の赤い大狼。噛みそうなのでゲームによくあるのにのっとってレッドウルフと呼ぼう。こんなやつが地球にいるとも思えない。
そう、つまり
「異世界転生……?いや、転移か?」
非常事態の回らない頭でようやく理解が追いついたのだった。
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そんなことを理解した所で状況は変わらない、むしろ悪化している。
新たに数匹の狼が現れたからだ。
たかだかヤマト一人を喰らうためにこれほどの数はいらない。
その目的は
獲物の心を折り、無駄な抵抗をさせないこと。
「へへっ」
だがヤマトは笑う
「俺の反骨心(社会への)はこんなことじゃぁ折れないぜ」
不機嫌そうにレッドウルフ(仮)が鼻を鳴らす。
その赤い双眸に見つめられ、ヤマトは無意識に唾を呑み込んだ。
敵は十数匹の狼と、どでかいレッドウルフ(仮)。武器になるものはなく、自分がココから逃げられる身体能力を持っているわけでもない。
「詰んだか。」
諦めの感情がヤマトを揺さぶる。
自分は1度確かに死んだのだ。
もういいじゃないか
1回も2回も同じだろう?
もうすべて諦めてらくになりたい。タダの貧弱な人間がこんな化物に叶うわけがない。無理だ。無茶だ。どうして俺がこんな目に遭わなくちゃいけない。死にたくなんてなかった。どうして生き返った。諦めたっていいじゃないか、俺はまだ15歳なんだ。子供なんだよ。どうして俺に優しくする。どうして、どうして。ゆりねはどうして俺を助けてくれる?諦めるなといつかのゆりねは俺に言った。でも1回死んだからリセットだろ。
だからゆりねの事はいいから早く楽になりたい。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ふざけるな
ふざけるなふざけるな
俺は何を言っている、ゆりねの事がどうでもいいだと!?ふざけるな。
俺はまだ、ゆりねになにもしてやれていない。
この世界から地球には帰れないかもしれない。
「それでも!!」
それでも、意地でももう一度ゆりねに会って、借りを返したいから。
ありがとう、ときちんとゆりねに使えたい。
強くゆりねを想っている、でもそれは恋ではない。
恩人に、恩を返さないでそのままなんて、そんなのは男じゃない。
こんなところで、こんな奴に殺されたら俺は俺を許せない。
「だから、邪魔するんじゃねえよ」
青筋を立て、赤い輝きを瞳に宿したヤマトがレッドウルフ(仮)を睨めつける。狼達がじりりと後ずさった。
赫怒が身を焦がす。
頭に血が登る。
しかし、それ以上に、頭に血が登っているはずなのに、胸が熱い。
ヤマトは自分の体に起こっている異変に気づいた。
「これ、はなん、だ?」
熱い熱い熱い熱い身体が熱い熱い胸が、熱い
全身の血が、心臓にあつまったみたいだった。血が沸騰するような錯覚を覚え、思わず血塗れのシャツを着たの胸を右手で掴む。
「~~~~!!」
声にならない叫びがでる。そしてもう一度睨んだ時に怯えた様子の狼達が目に入り、頭が冷える。
怒ってるのは自分自身であって、狼達ではない事に今更気付いた。
だから今からやるのは八つ当たりだ。
狼達には悪いが。
なんとなくどうしたらいいのかはわかった。ただそれをさらけ出す!
「でりゃぁぁぁぁァ”ァ”ァ”ァ”ァ”!!」
ヤマトは右手を胸から勢いよく振って、自分の心をさらけ出すかのように、この熱い衝動を解放する
瞬間、
ヤマトの周囲の大気が爆ぜ、灼熱の熱波が生まれる。
ごうごうと産声をあげる破壊の波はすべてを燃やし尽くす。
狼達は毛皮、肉、そして骨まで。
周囲の樹木は1本残らず灰になった。
ヤマトの周囲はヤマトを中心に半径1mほどを残して一面が抉れた地面だけになった。
「は、はは」
乾いた笑いが生まれた。
魔法というやつだろうか、自分でもここまでとは思わなかった。
「なんだよ、俺、結構やれんじゃねぇ、か……」
と、ヤマトは地面に座り込んで呟く。
なんだかとても身体がだるい。
危険は去った。こんどこそ大丈夫だ。
ヤマトは身体の力を抜き、疲れからくる眠気に身をゆだねた。
それを
穢れなき白の記録者は、
じっと見ていた。
見ていた。