第二夫人レギーナ=ゴワシェルの場合Ⅰその3
ブクマありがとうございます。
あの会議から翌日──と思っていましたが、実際には明朝だったので当日です。感覚的には翌日なんですけどね。
「買い物に行ってきます」
私は、家族全員の食材を買うために近隣のスーパーマーケットに行くことにしました。一応交代制なのですが、チャロが帰りエリーザベトが失踪してからというもの感覚が短くなっています。
「いってらー」
返ってきたのはカーリンの声だけです。ですが、ヴェルディアナは昼間は寝っぱなし。そして今日は健一さんの体調が優れない。カーリンしか返事してくれないのは寂しいですが、仕方ないのです。
私は、邸宅を出ると足早に歩き始めます。
理由は簡単です。つけられてます。
マスメディアでしょうか。本人は尾行がうまく行っているのだと思っているのかもしれませんが、エルフの耳を舐めないでいただきたいです。僅かに聞こえる音でも容易に聞けるのですから。
高級住宅街を抜け、近くのスーパーに立ち寄ります。隠れ蓑になってくれればよいのですが、スーパーに潜入しているという可能性も否定できません。
それに、スーパーの客はさまざまな目で私を見てきます。嫌悪感の混じった目、好奇の目、不憫の目。けれども、誰も決して私には近寄らず遠くから眺めています。
人が買い物しているのがそんなに気になるのでしょうか。
私は買い物カートに食材を詰め込み、そそくさと会計レジへと向かいます。気にしないようにしているとはいえ、長居したらさすがに耐えられる自信がありません。
会計のためにスマートフォンを取り出し、決済アプリで支払います。最初はかなり抵抗ありましたが、今ではすっかり慣れたものです。
『支払い完了』の表示を受け、買い物カートをサッカー台へと移動させます。
さて、マイバッグに詰めるためにスマートフォンの画面を切りましょう。
『新着メッセージがあります』
おや、誰でしょうか。
その通知をタップし、メッセージを開きます。表示されたのはカーリンからのメッセージでした。
『大丈夫? 家の周りにいろいろいるみたいだけど付けられてない? 何かあったら代わるからね。あと、健一の食欲がないようだから、栄養ドリンクか何か買ってきてくれる?』
もう少し早く送ってきてくれればよかったのですけどね……。買い忘れってなんか恥ずかしいんですし、何より今はただでさえ私が注目される状況下。
どうしましょうかね。別のスーパー──は遠いですね。そういえば、ドラッグストアがありました。栄養ドリンクを買う店としてもうってつけでしょう。
私は商品をマイバッグに詰め込むと、そのまま周囲を確認しながら外に出ました。
スーパーからドラッグストアまでは徒歩数分のため、寄り道も別に苦ではありません。周囲の目さなければの話ですが。
到着したのは、ティニッジを本拠地にして国内に展開しているチェーン店のドラッグストアです。ここでも客は同様に私のことを見てくるので栄養ドリンクだけ手に取ると、そのままセルフレジに行き会計を終わらせました。
早く帰りたい。
そんな思いが浮かび上がるほどに、買い物は不快でした。ですが、家に帰れる。そう思い安堵しながら帰路につきますが──。
家までの道には、一台の車が停まっていました。テレビ局のロゴが書かれており、咄嗟に近くの影に隠れました。
中から出てきたスタッフは、近隣住民に片っ端からなにかを執拗に聞いているようです。
まあ、健一さん関連のことでしょうが。
何より問題なのは、裏口から帰ろうと思ったのにこのままでは道を通れません。無視してもいいですが、健一さんの立場を考えるとあまり良いようには思えません。
「はぁ……」
マスメディアそのものは否定しませんが、是非とも人の気持ちを慮ってほしいものです。
私は、別の道を通ることにしました。川沿いの土手にある道です。かなり大回りですが、人も少なくたまに散歩すると心地よいのです。
私はその道に入りました。
街路樹が整然と並んで植えられており、道の大部分は木陰に覆われています。
ところどころ漏れる木漏れ日に当たりながら歩いていると、ふと川に怪しい影が見えました。
マスメディアでしょうか?
私は柵に隠れ、その人物の様子を見ます。
その影は、橋の真下にいました。体格からして、男性のようです。恐らく人間でしょう。ですが、黒いローブのようなものを深くかぶっており、その上橋の下ですからよく見えませんね。
何をしているのかはわかりませんが、一人であるところを見るとマスメディアではない気がします。そもそも、川に入っているのもおかしいですし。
では、彼は一体川の中で何をしているのでしょう?
怪しい男の様子を見ていると、男は何か大きな荷物を取り出しました。五〇センチくらいはあるでしょうか。
男は橋の真下に荷物を置くと、そのまま逃げるように消えました。
気づかれたのでしょうか。ですが、私は隠れていますし偶然でしょう。
私は、ふと気になったので川の真下に行きます。橋の下にあったのは、巨大なビニール袋でした。何重にも袋入されているようです。
何が入っているのかはわかりませんが、他人の物を勝手に開封するというのは少し抵抗がありました。ですが、蝿が一匹そのビニール袋に留まりました。
多大な違和感を感じ、私は開封することにしました。結んであるとは言え、所詮はビニール袋。力を入れれば簡単に穴が開きます。
そして、違和感はますます強くなりました。
「……」
心做しか、腥い気がしたのです。ですが、蝿も一匹とは言わず数匹。袋に停まっています。
ビニール袋の中には新聞紙が見えましたが、新聞紙はそんな臭いなどしません。
では、一体何なのでしょう。
ビニールの層を破るごとに臭いはきつくなり、ついに最後の層を破ると思わず裾で鼻を塞ぎたくなるような強烈な臭いがしました。
私は決心して新聞紙の内側に手を入れました。
感触としては、何やら泥状の何かでした。そして、触った指を見ると赤い液体。
「……血?」
身の毛がよだつとは、こういうことなのでしょう。気がついたときには私の手は震えてました。
いえ、手だけではありません。脚もです。
そんなとき、ビニール袋から音がしました。恐る恐るその袋の方へと目をやります。
中身の自重に耐えられなくなったのでしょうか。そして、新聞紙の内側からとある物が落ちてきました。
「ひぃ……」
腕です。見た感じ、大人の……女性の……でした。
私は、腰を抜かしていました。川の水で服が濡れていますが、そんなこと気にしている場合ではないのです。
こういうときは何をすればいいんでしたっけ。
警察? だったら番号は?
ええっと……。
とりあえず他人に聞こうとして辺りを見渡すと、そこには先程のローブ姿の男がいました。男の手にはもう一つの袋を持っています。また捨てに来たのでしょうか。
でも、そんなことよりも驚きを隠せない点がありました。
その男は──。健一さんにそっくりでした。
男は、私と目が合うと慌てふためいたように逃げていきました。
「えっ……?」
もう、何がなんだかわかりませんでした。あれは健一さん……?
いや、でも。カーリンは体調の悪い健一さんの側に居ると言っていました。なんで健一さんが? じゃあカーリンは一体?
そもそも、健一さんが外に出るならカーリンは止めたでしょう。あんな体調で外に出すわけにはいかないと。
私の心の中に一つの答えが浮かびました。
──健一さんが事件の当事者であるのは本当で、カーリンはグル?
信じたくないです。
だって、妻なのです。夫と第一夫人がこんなことしていたなんて──。
いえ、やめましょう。
私は、深呼吸をします。腥さを感じますがこの際気にしません。
私はなにも見なかった。そう、なにも見なかった……。
書いてから気づいたんですけど、プロットに重大な矛盾が見つかりました。
今後の展開をすべて変更するので話が長くなるかもしれません。すみません。