第二夫人レギーナ=ゴワシェルの場合Ⅰその2
警察官が一旦引き上げた後、私たちは明朝にも関わらずリビングに集まっていました。
けれども眠たいとか、そう言った感情は微塵も感じません。それは、ここにいる他の三人──健一さん、カーリン、ヴェルディアナも同様でしょう。
明かりも点けず、閉まった窓のカーテン越しから漏れる僅かな光がリビングを照らすのみ。
私たちはこのほとんど闇と言えるような暗さの中、一秒単位で音を刻む掛け時計の音色を黙々と聞いています。私たちは互いに目をやり、誰かが言葉を紡ぎ始めるのを待っていました。
ですが、誰一人として率先して言葉を紡ごうとしようとする者は、この中にはいませんでした。そんな重たい静寂に耐えられなくなったのか、健一さんは両手でテーブルに勢いよく叩きます。
「とりあえず、今後のことを話し合おう」
「……そうしましょうか」
私は、健一さんに賛同します。この機会を逃してしまったら、次は一体いつ話が再開するかわかりませんし。
「それがいい」
「ええ、そうしましょう」
ヴェルディアナとカーリンも同調してくれました。
「ありがとう、三人とも」
健一さんは、私たちを一瞥しました。彼なりの感謝なのでしょう。
ですが、私は妻。夫婦は互いに助け合うものですから、感謝は不要です。ありがたく受け取っておきますが。
私がそんなことを考えながら健一さんの瞳を見つめていると、向こうはこちらの目線気づいたようです。そして、表情が少しばかり明るくなりました。
「さて、議題は二つ。エリーザベトの失踪。そして、私たちを悩ます根も葉もない噂だ」
皆の表情が真剣なものになりました。家族なのだから、気にするのは当然のことでしょう。私も、膝に置いていた手を握りしめます。
「エリーザベトについて、なんでもいい。情報はないか?」
健一さんがこんなに必死になって、エリーザベトを探しています。家族なのですから、探すべきなのです。ですが……私は妬いてしまいました。
私だけを見ていてほしい……というのは、健一さんと結婚する際とうに諦めたはずなのです。でも、あんなに、必死になって妻一人だけを探すというのも考えものです。
エルフというのは、長命で温厚。だからこそ子どもができにくく、エルフの遺伝子に刻まれているであろう性欲や嫉妬というのは他の種族に比べて薄れているはずでした。私は健一さん、そして他の種族の方と暮らしている内に変わってしまったのでしょうか。
私でさえも妬いてしまうのだから、とくにヴェルディアナは相当妬いていそうですね。なんたってサキュバスなのですから。
健一さんの必死の呼びかけにも関わらず、二人はなにも情報がないのかただ俯くしかないようです。もちろん、私だって同じように俯いています。健一さんから見れば、私たち三人は同様に見えていることでしょう。
「そうか……」
健一さんまで私たち同様に俯きかけました。
「あの……。エリーザベトはさ、防犯カメラとかに映ってなかったの?」
カーリンは、小声で確認するように言います。小声で言ったのは、既に確認している可能性があるからでしょうか。
「ああ、映っていないんだ。どこにも、ティニッジすべての防犯カメラを照合したが、一フレームとて見つからないんだ」
ティニッジは、健一さんがいたからこそ発展したようなもの。それ以前はただの町だったようです。だからこそ、随所にカメラが仕掛けられておりカメラに映らず脱出することは不可能とすら言われています。
「まだティニッジ内にいるということですか?」
確証はありませんが、私なりの考えを言ってみます。
「……その可能性が高いな」
健一さんは、ずっと俯いていました。返答も、元気がありません。
「健一? どうしたの」
ずっと黙っていたヴェルディアナは、表情の冴えない健一さんはを見るなりすぐさま駆け寄りました。ずっと黙っていたのは、ただただ健一さんのことが心配だったのでしょうか。
そんなことを考えていると、健一さんは嗚咽を漏らし始めます。
「健一? どうしたの? 大丈夫?」
健一さんは、手でその顔を覆います。ですが、指の間からは涙が垂れています。
「ごめんな、みんな……。こんな不甲斐ない夫で……」
初めてでした。こんなに弱った健一さんを見るのは。
初めて出会ったときから、健一さんは頼れる方でした。私たちは、彼に甘えすぎていたのかもしれません。私たちが甘えるすぎるから、彼も彼なりに努力して。
そして溜まりに溜まった疲労やらストレスやらの限界が、妻の失踪という大きな出来事を前にして来てしまったのでしょうか。
「健一は立派だよ。もっと自信持って」
ヴェルディアナが、健一さんに抱きつきました。単純に慰めているようにも見えますが、心做しか誘惑しているようにも受け取れます。サキュバスにとって、長い間相手にされないというのは苦痛なのかもしれません。
「そうだよ、健一。気にしないでエリーザベトを探そう。多分まだティニッジにいるなら早々に会えるはずでしょ」
カーリンも、健一さんを慰めます。
対する健一さんは、袖で涙を拭うというらしからぬ行動を取りました。
「ありがとう、カーリン。ヴェルディアナ」
カーリン、ヴェルディアナに向かって改まって感謝を述べお辞儀をします。私が呼ばれていないのは少し残念ですが、まあ慰めなかったですし仕方ないかもしれません。
私も健一さんの元まで向かい、後ろから健一さんの頭を胸の中で覆うようにかぶさります。
「健一さん。あなたはもっと私たちに頼ってくれて良いんですよ。妻なんですから。家族なんですから」
「……そうだな。レギーナも済まない」
そういった健一さんは、またもや嗚咽を漏らしてしまいます。さっきとは違い、そう簡単には収まりません。
結局、家族一同が集った明朝の会議は明日に延期になりました。健一さんは、仕事を休み明日に備えるそうです。
それにしても、エリーザベトは一体どこへと行ってしまったのでしょう? 買い物に行く時、街中を詳らかに見てみることにしましょう。
2021/4/6 改訂