第二夫人レギーナ=ゴワシェルの場合Ⅰその1
「おやすみ。レギーナ」
「はい。おやすみなさいませ」
私は健一さんにお休みを告げ自室へ戻ると、そのまま倒れるようにベッドに横になりました。地球から取り寄せた最高級ベッドのようで、慣れてしまうともう二度と市販のベッドでは満足できません。
ですが、最近はろくにベッドで寝れていない気がします。
なぜなら、最近疲れるのです。
チャロは親の介護をする言って出ていったまま行方がわかりません。そして、エリーザベトに至っては突如として失踪し、足取りも理由もわかりません。
一体何だというのでしょう?
おまけに一部の市民からは何やら怪しく見られているようで、週刊誌記者と思しき姿もちらほらと見かけています。
少なくとも、私はやっていません。それに、他のカーリンもヴェルディアナも、健一さんもやるわけがないのです。
火のない所に煙は立たぬとはいいますが、本当に出どころなんてあるのでしょうか? 健一さんを快く思わない誰かが嫌がらせ目的で吹聴しただけだと私は考えます。
「はぁ……」
自分の知らない内にため息が溢れました。
そりゃため息もつきたくなりますよ。買い物のためにちょっと外に出るたびに妙な視線を感じて、それが好意的なら嬉しいんですけどどうも訝しげというかそんな視線です。
おかげで外に出にくくなってしまいました。
ですが、健一さんも必死に悪質なデマの出所究明に当たっているようなのでもう少しの辛抱でしょうか。
そう考えると、瞼がどんどん重くなっていきます。私はその重さに耐えきれずに瞼を閉じました。
◇
私が寝室で眠って少し経ったぐらいでしょうか。私は部屋の外から聞こえる不快な音に起こされました。
「うるさい……」
エルフというのは、敏感な種族です。耳が大きく尖っているのも、一説によると森の中で狩りをしやすくするために些細な音も聞き逃さないように進化したのが原因だとも言われています。
私はベッドの上をゴロゴロ回転させて気分を紛らわそうとするも、不快な音は一向に去る気配がないです。
何なんでしょうか。
苛立ってきた私は、安眠のために音の発生源を見つけることにしました。音の発生源は恐らく庭。庭に何かあるのでしょう。
自室のドアノブを回した途端、妙な違和感に襲われました。
部屋の中では不快な音としか認識できていませんでしたが、廊下に出てよくよく聞いてみればそれはパトカーの音にそっくりでした。
何が起こっているのか、確かめないと。
私はいてもたってもいられませんでした。スリッパのまま外に出てみると、そこにはヴェルディアナ。そして、複数人の警察官とパトカー。警備兵もちらほらと。
ヴェルディアナが必死に警察官に何かを語っているようでした。
「あ、レギーナ」
ヴェルディアナがこちらに気がつきます。ですが、面持ちは晴れません。何かあったのでしょう。
「ヴェルディアナ、教えて。何があったの?」
私はヴェルディアナの肩を強く揺さぶりました。
「わかった、わかったからよせって」
ヴェルディアナは私を強引に引き剥がすと、咳払いをした。
「庭で死体が見つかったんだ。恐らく週刊誌記者で、犯人は不明。警備兵はその時交代の時間で警備が手薄になっていたらしい。急いで駆けつけると、道路を走っていく男の姿があったらしい」
「その人が犯人なの?」
「さぁ? でも、その可能性は高いよね」
ヴェルディアナはそう私に言うとそのまま何かを考えるように黙り込んだ。夜行性のヴェルディアナもさすがに何か思うことがあるようです。
「何があった?」
そのとき、健一さんも騒ぎを聞きつけて庭へとやってきました。
「あ、健一さん……」
私が近づくよりも早く、警察官が健一さんに近づきました。どうにも健一さんを訝しんでいる様子です。いろいろ警察官が健一さんに問いかけていますが、健一さんがそんなことをするわけがないのです。
「あの、誰かが別の場所で殺してここに置いていったという可能性はないんでしょうか」
私は健一さんから事情を聞いている警察官に話しかけます。
「ここの邸宅は警備が非常に厳重です。一瞬の寸隙をつかれてしまったとはいえ、警備が交代する一分もない時間内で重たい遺体を敷地内において逃げれるでしょうか。何かしらの道具を使えば、音がしますのでさすがの警備も気づくでしょう。そういった意味でも家の中にいる人が怪しいのです」
「まさか、健一を疑うの?」
ヴェルディアナが剣幕で警察官を非難します。夫が疑われたのですから、ある意味当然の反応と言えるでしょう。警察官は、非難されようと顔色を変えません。
「いえ、別に岡田さんだけを疑っているわけではありません。犯人が確定していない以上、誰であれ犯人の可能性はあります」
これが仕事だからとばかりに、なんの感情も込めず淡々と述べました。つまり、健一さんの奥方も全員疑っている。そう警察は言うのだ。ヴェルディアナ同様苛立ちも覚えますが、仕方ないとも思います。一刻も早く犯人が捕まるのを願うばかりです。
言い忘れてましたが、夫婦別姓です。
必死に思い出した2018年の記憶によると、そろそろ最終回だと思います。
2021/4/6 改訂