探偵オレール・アダンの場合Ⅰその3
一人称が書きにくすぎてつらい。やっぱ三人称にすべきだった……
茜色の太陽が沈もうとしているころ、俺は岡田邸宅へと向かっていた。
岡田邸宅はティニッジの郊外に堂々と鎮座している。三階建てとはいえ、土地面積は非常に広大であり、庭ではゴルフなどもできるように設計されていると聞いた。また、ティニッジで初めて建った異世界風住宅ということもあり、観光名所になっているくらい有名な建築物だ。
まあ、そうなれば当然警備も厳しいのだが。
俺は近くにある物陰に隠れ、邸宅の様子を見守る。邸宅の前には警備兵らしき人物が二名、ただ呆然と立ち尽くしている。
さて、これから暇との戦いになる。
俺は買っておいたあんぱんの袋を開け、かぶりつく。
ってなんだこれ!? あまっ!?
なんか異世界ドラマであんぱん食べてたからそれっぽい雰囲気を出すために今初めて食べたけど、甘いなこれ。ニホン人はこれが好きなのか。
まあいいやと、俺はあんぱんを食べ終えて注意深く監視する。
そんな時だ。暗闇の中に怪しい、影がちらりと見えた。普通の人なら見落としてしまうだろう。だが、俺は伊達に探偵をやっていない。
もしかしたら、岡田が警備の目を掻い潜って何かやっているのかもしれない。
俺はすぐに行動に出た。カメラをいつでも撮れるように準備をし、暗闇の中にわずかに動いた影に近づいた。
だがその影は、俺のことに気づいたようで逃げ出した。せっかくのチャンスを無駄にするわけにはいかない。俺は覚悟を決めてその影を追った。
とはいえ、ここは住宅街。路地が大通りから何本も伸びている。一度角を曲がってしまえば途端に見失ってしまった。
「ちっ。逃したか」
その時、後ろからふと殺気を感じ俺はギリギリのところで回避した。続くように、俺は予想が外れた謎の影を取り押さえる。
そして二人は、同時に質問した。
「「おまえ、岡田か?」」
「「……は?」」
事前に打ち合わせでもしたのかと言われても仕方がないほどに、俺たち言動は一致してしまった。
落ち着いて話をし、互いに名刺を交換したことで相手の正体が判明した。
「何だ、君も岡田を追っていたのか」
正体がわかり気さくに俺に話しかけたのは、ティニッジに本社を置く週刊誌で記者を務める男。カールというらしい。
「岡田の妻二人の失踪事件。あれは怪しい何か隠している。君もかい?」
「ええ、だいたい似た感じです」
実際には妻から情報提供があったのだが、さすがに顧客の個人情報は流せない。
「そうか、なら一緒に見張らないか? ライバル記者とかならまだしも、そちらにその気はなくただの依頼なんだろ?」
「ええ、そうしましょう」
お互いメリットがある。俺は躊躇うことなくその記者の言うことに同意した。
そして、邸宅の前の警備兵に見つからないように影に隠れる。同じ場所にいてもどうしようもないため、俺は記者のいる反対側で見張ることとなった。
言い方は悪いが、仮にもあの記者は人の粗探しのプロである。彼についていけばきっとこの依頼も無事に達成できるに違いない。
だが、実際のところは何もすることがない。ただただ暗闇の中邸宅から不審人物が出てこないかや、邸宅に何か怪しい動きがないかを調べるだけなのだ。眠いったらありゃしない。
大きなあくびをし、目を擦りながら邸宅の様子を見ていると警備兵が交代する時間らしく警備兵が邸宅の敷地内にあるであろう詰め所へ戻っていった。
恐らく、岡田が動くとしたらこの一瞬だろう。俺は気合を入れ直し、暗闇の中に動く影も少し動く。
思った通り、邸宅の中から影が現れた。だが、その影は門扉の面している大通りに出ようとはせずに、庭へと入っていった。怪しいが、不法侵入になる。
どうすればいいのかと思い悩んでいる間に、記者は動き出し平然と塀を飛び越え敷地内に侵入した。
記者の場合、責任を全部出版社がとってくれるので気にしなくてもよいのだろう。
だが、俺は違う。責任は全部俺と探偵事務所に降り掛かってくる。ただでさえあまり繁盛していないのだから、倒産は免れないだろう。
そもそも、この依頼だって隙間時間にやると決めたものだ。報酬だって期待できないだろう。俺はこの塀を乗り越える必要性があるのか?
自問自答をした俺は、急にこの塀の向こうに行く決心がつかなかった。
「……帰ろう」
ある記者には悪いが、依頼が取り消されたとでも言えばいいだろう。
俺は探偵事務所の方へと踵を返した。
だが、その時液体が敷地内で撒かれた音がした。
一体こんな時間に何を撒いたのだろうか? せっかくここまで来たんだし、見てから帰ろう。
俺は塀に近づくと、少し登ってみせる。
「……は?」
血液であった。敷地内一体に撒かれてあり、深夜ということも合わさって不気味なほど赤黒く見える。
トマトジュース……じゃないよな? うん。完全に血だ。
血液特有のにおいを、トマトジュースで再現したりすることはないだろう。
俺は恐る恐る敷地の奥を見る。
「ひぃ」
思わず体が竦んで塀の上から落ちそうになるほどに、それはありえないものだった。
人間の死体である。そして、よく見ればカメラまで落ちているではないか。
「うそ……だよな?」
口では必死に否定しても、脳はしっかりと物事を認識した。あれは記者の遺体だと。
どうする? 落ち着け、俺は探偵だ。慌てふためくな。と、取り敢えず写真だ。そうだ、俺はこのために来たんじゃないか。
俺はカメラを起動し、動画撮影を開始した。
幸いにも今は殺人犯と思われる人物はいないからだ。だが、こうしている間に俺はあることを忘れていた。
「おい、何をしている!」
近づいてきたのは、懐中電灯を持った警備兵である。俺は彼らのことをすっかり忘れていた。そして運が悪いことに、記者の死体がある。間違いなく俺は疑われるだろう。
そう気がついた瞬間、自分でも意識しない内に俺は駆け出していた。
「追え!」
警備兵に捕まったが最後、俺は間違いなく殺人の疑いをかけられる。そうなっては駄目だ。逃げるんだ。だが、どこへ? それに、懐中電灯でばっちり俺の顔を見られた。
……まずい。実にまずい。
俺はこの事件の謎を解決するしかないのか。
2021/4/6 改訂