第五話「突然の遭遇」
さて、どうしたものか。ヒーローって、自分で名前をつけるものだったか? それとも、誰かにつけてもらうんだったか?
「モイー!!」
「あ、危ない!!」
どうしたものかと考えていると、戦闘員達が俺に襲い掛かってくる。背後に居る男性が、危ないと叫ぶが、俺は焦ることなく、戦闘員の攻撃をひょいっと回避し。
「ふっ!」
「モイー!?」
「おお!!」
炎を纏わせた拳で仮面を叩き割る。
すると、戦闘員は光の粒子となって四散した。こいつらが、仮面を割ると消滅するのはわかっている。ただ、中途半端に女や未と文字を残すと再生してしまうので、確実に砕かなければならない。
「モイ? モイモイ?」
「モイー!!」
仲間がやられたことで、動揺している戦闘員達。だが、俺は容赦なく戦闘員達に近づいていく。
「チェスト!!」
「モイー!?」
「でえいやぁ!!」
「モイー!?」
次々に戦闘員達の仮面を砕き、最後の仮面を砕いたところで、その場は静寂に包まれた。
「あ、あの! 助けて頂きありがとうございました!」
「あなたは、いったい?」
と、助けた三人が問いかけてくるが。俺は、どう名乗っていいかわかっていない。本名を名乗っても、あれだしなぁ。
とはいえ、すぐに他の名前なんて浮かばないし。そんなわけで、俺は背中を向けたままこう告げた。
「名乗るほどの者じゃない。ただの正義の味方だ」
なんだか、かっこつけてしまったけど。これでいいだろう。そんな台詞と共に、俺はその場から立ち去っていく。
屋根から屋根へと飛び移り、誰もいない路地へと降り立った俺は変身を解いた。
「戦闘員は何とでもなるが、問題はその上に居る奴らだな」
戦闘員は鍛えた者達ならば倒せる。ただ倒しても倒しても増え続ける。その上に居るリーダー的な存在を倒さなければならない。
その上にも四天王が居るが、おそらく彼女達はまだまだ出てこないだろうな。なにせ、さや直属の優秀な戦士達なのだから。
「お嬢ちゃん? おーい、お嬢ちゃん? こんなところで、眠っていたら風邪引いちゃうよ?」
「あっ」
コンビニ近くの街道を歩いていると、見知った顔の少女を発見してしまった。道端で気持ち良さそうに眠っており、優しいおじいさんが肩を揺すって起こそうとしているが、全然起きる気配がない。
銀に近いが若干青い色をした髪の毛に、獣耳っぽいものがついた帽子を被っている。
「普通に居たな、四天王」
そう。四天王の一人である床屋ねむちゃんだ。俺が異世界から帰還して、最初に会った四天王。なんでこんなところに……。
と、ともかくだ。
「すみません」
「なんですか?」
「実は、その子。俺の知り合いなんです」
「そうなんですか?」
「はい。ねむちゃん。おーい、俺だ。刀弥だ」
「ふわ? ……あれー? なんで、兄上様が?」
よかった、起きてくれて。おじいさんもよかったと胸を撫で下ろし、俺にねむちゃんを任せて立ち去っていく。
俺は、とりあえずこのまま街道のところに居るのも目立つのでねむちゃんを抱き上げ近くの公園まで移動する。そして、ベンチに座らせ、自動販売機から温かいココアを買ってねむちゃんに渡した。
「ありがとうございまふぅ……すやぁ」
「おーい」
「ふぁっ!? あぁ、大丈夫ですぅ。はい、大丈夫でふぅ……んぐっ」
大丈夫だと言っているけど、すごく眠そうだ。なんとか、俺から受け取ったココアをちびちびと両手で持って飲んでいく。
俺も、自分の分である缶コーヒーを飲み空を見上げた。
「で? ねむちゃんは、どうしてあんなところで眠ってたんだ?」
普通に考えたら、おかしい。六月とはいえ、まだまだ肌寒い。いや、梅雨の季節だからこそ、危ない。突然雨が降ったらずぶ濡れになっていたはずだ。
今日は、晴れていたからよかったものの……。
「たぶん……間違って、転移装置を起動、させちゃったんだと思います」
「転移装置?」
「そうですぅ。詳しいことはお話できませんがぁ……すぴぃ」
また寝ちゃったよ。ココア飲んだのに。いや、逆に体が温まったから眠くなったとか? ……それにしても、転移装置か。
確かに、そんなものがあってもおかしくはないよな。なにせ、今の時代にSF映画にありそうな映像システムがあるんだから。
それにしても、いきなり四天王の一人と出くわすとは。さてはて、どうしたらいいものか。彼女は、別に自ら世界征服をするために来たわけでもなさそうだし。
さっきのおじいさんや、街を歩いている人達の様子を見る限り、ねむちゃんが今世界を騒がしている秘密結社の四天王だということを知っていなさそうだった。
「ねむちゃん」
「ふぁい?」
これは起きてるのか? 寝てるのか? でも、返事をしているってことは、起きてるんだよな? だけど、鼻ちょうちん出てるし、目も瞑ってるし……どうなんだろう。
「ねむちゃん以外の四天王って、どんな子達なんだ?」
「それはぁ……教えられませんよぉ」
ですよねー。まあ、わかっていたけど。ねむちゃん以外は、仮面を被っていたしローブで体も隠していたからなぁ。
「じゃあ、これは教えてくれるか?」
「はい?」
お、目を開けた。そういえば、ねむちゃん靴を履いていないな。靴下は履いているけど。
「さやは、元気にしてるか?」
あの時の会話だと、普通に元気にしているのはわかるのだが。それでも、兄として。家族としては、どうしても気になってしまう。
俺の問いに、ねむちゃんはにへらと笑い。
「お元気ですよぉ。毎日毎日、兄上様のことを語っていますし。組織の皆にも、優しくて、頼りになる総統様です」
昔から、何でも一人でできて、初めてのことでもすぐ覚えてしまう。ただ、ゲームはちょっと下手だったな、さやは。
よく俺と一緒に対戦をしていたけど、隣で慌てながらコントローラーを握っていた顔を思い出すと、自然と笑みが零れる。完璧そうな我が妹でも、苦手なものがあるんだなってな。まあ、そんなところも可愛かったんだけど。
「そうか。それは、よかった」
「ところで、兄上様」
「なんだ? って、普通に会話してるけど。兄上様は止めにしないか? 俺、ねむちゃんの兄じゃないんだし」
それに、普通に考えて戦うべき相手なんだよなぁ、ねむちゃんは。
「いえいえ。これは、総統様の命令なんですよぉ。兄上様のことは、敬意を払って呼ぶようにと」
「だったら、別にさんづけでもいいんじゃないか?」
「私達は、秘密結社イモウトなのでー」
こだわりがあるってことか。
「それで、ねむちゃん。俺に聞きたいことがあったみたいだけど」
「あ、はい。実はですね。ここで出会ったのも何かの縁ということでぇ」
ココアを置いて、ねむちゃんが俺に向けて両手を出してくる。まるで、何かくださいと言っているかのように。
「総統様へのお土産が欲しいです。なにか、兄上様の私物ありませんか?」
「……こんなものでいいか?」
くれるまで、引き下がらないという意思を感じ取った俺は、さやから貰ったお守りを渡す。
「これは?」
「さやに渡せばわかるはずだ」
「そうですか。わかりました。では、私はここで失礼します」
「ああ」
まだ残っている缶を手に、ねむちゃんはベンチから離れていく。が、すぐに立ち止まり振り返った。
「止めたりしないんですか?」
「確かに、俺はさやを止めるって決めた。だけど、今のねむちゃんは戦いに来たわけじゃないだろ」
「そう、ですけど。普通は、早く世界を救いたいって止めに来るところですよ?」
「俺が、普通じゃないのは自覚している。それに、いきなりねむちゃんがやられたらさやが悲しむだろ?」
「やっぱり、聞いていた通り妹想いのお優しい方ですね、兄上様は」
そう言って、青白い光の粒子に包まれ、ねむちゃんは笑顔で姿を消した。