第四話「地球は今」
「いまや、世界の女性は可愛い妹と化している。とはいえ、これと言ってどこが悪くなったというわけじゃない」
妹化ということに、俺はぴんっとこなかった。なので、一人でその事実を確かめに行った。結論から言えば、とてもカオスだった。
明らかに、年上のはずの青年が少女をお母さんと言っていたり。
どう考えても、五十代のおじさんに十代後半の女性が兄さんと言っていたり。妹化してしまった女性は、バラバラに退化しているようだ。
記憶は、そのままのようだがな。男性達も、まんざらでもない人達も居たが。困っている人達も居る。それもそのはずだ。
最初の青年のように、自分よりも年下の少女を母さんと呼ぶのはなんだか変な気分になるだろう。とはいえ、女性達は昔に戻ったようでかなりテンションが上がってる。近所の人達も、何人か年齢が退化しており、最初誰だかわからなかったからなぁ。
「俺の上司も、かなり若返ってしまってな。まるで、新入社員のようで、困った困った。その若い姿で、俺のことをからかってくるんだ」
「その割には、なんだか楽しそうだが?」
「いいじゃないか? 年下にからからかわれるって」
この親父は……。さやの挑戦を受けてから、二日後。俺は、まずこの一年での知識を集めるために一日中ずっと行動していた。
ちなみに、まだなつかしの同級生達とは会っていない。会いたいところだが、今はそれどころじゃないからな。それに、学校は現在休校中。
その理由は、さやによる世界征服が始まったからだ。先生達の中にも、妹化した人達が混じっており、かなりはっちゃけているらしい。
「京真さん?」
ほーら、母さんが怒った。怒りのオーラを纏い、父さんの背後に笑顔で立つ。冷や汗を流しながらもじょ、冗談だってと何とか落ち着かせるも。
「京真さんが、そんなのだと。私、刀弥とくっついちゃうもん」
と、なぜか母さんが俺にくっついてくる。
「ふっ。刀弥。俺から、恵乃亜を取ろうって言うのか?」
「はいはい。そういう冗談はいいから。情報整理を続けるぞ」
「もー。一年間もスキンシップをしてなかったんだから、少しはかまってー」
ぐりぐりと頬を擦り付けてくる母さんだが、俺は無理やり離し隣に座らせる。
「後で」
「京真さん! 刀弥が、反抗期に!!」
そんなものはもう過ぎてるよ、母さん。
涙を流す母さんに、父さんは笑顔を向ける。
「まあまあ、恵乃亜。そんなに甘えたいのならば、俺と」
「いや。刀弥がいいの」
「……まあ、一年も離れていたんだ。落ち着け、俺。恵乃亜は、刀弥成分が足りないんだ。その内、俺に構ってくれるさ」
なんだよ、刀弥成分って。あーもう! 話が全然進まない。
・・・・・◆
結局、話が進まなかったので、俺は自宅から離れて情報収集をしている。一年間も行方不明になっていた俺が突然帰ってきたというのに、そこまでニュースにはなっていない。
世界はそれどころではないということだ。
謎の力を持った謎の組織が、世界を変な方向で征服しようとしているからな。まさか、そのボスが俺の妹だっていうんだから……。
「とはいえ」
「よう! 刀弥! こんな大変な時に、神隠しから帰還するなんて大変だなぁ!」
「まったくですね」
昔からよく利用していた雑貨屋後藤の店主である大悟さんが俺に笑いかけてくる。体が大きく、髭面。商品が詰まったダンボールを二つ抱えていたが、それを降ろし空を見上げる。
「お前が消えてから、すっかり世界も変わっちまったなぁ。まさか、リアルで世界征服をするような奴が現れるなんてな」
「まあ、そうですね」
「だが、世界征服つっても。変わった征服の仕方だなぁ。世界妹化計画つったっけ?」
そんな名前は聞いたことはないが。世界中の女性は妹になってしまうことは、確実だろう。とはいえ、女性全てが妹って実際どうなんだろうか?
……ちょっといいかもと思ってしまった。見渡す限りの妹、妹、妹。そうか! これで、リアルロリババアが完成するということか! 元は、おばあさんなのに見た目は俺より年下。
いったいどんな気持ちになるんだろうか。
「なあ、おい。どうしたんだ?」
「あ、いえ。早く、世界が元通りになればいいですね」
「だな。じゃねぇと」
「あなたぁ! 早く荷物を持ってきてー!」
「お、おう!」
大悟さんと話していると、店の奥から声が響く。姿を現したのは、大悟さんの妻。しかし、店から出てきたのは見た目が俺と同じぐらいのエプロン姿の少女。
栗色の長い髪の毛をポニーテールに束ねており、アルバイトの人かな? と知らない人が見たら、そう思うだろう。しかし、彼女は本当に大悟さんの妻であり、年齢は今年で四十二歳になるはずだ。
なのに、今の見た目は十代後半ぐらい。
「あら? 刀弥くんじゃない。今日も男前ね!」
元気に俺の背中を叩いてくる奈央さん。奈央さんの場合、他の人が化け物に襲われているのを庇ってこうなってしまったらしいのだ。
なので、自分から進んで妹化にかかったわけではない。
「恵乃亜ちゃんは元気? 京真くんは?」
「元気ですよ。元気過ぎて、話し合いをしていたんですけど。全然進まなくて……だから、一人でまた情報収集をしに出歩いているんですよ」
「それは、大変ね。そうよねぇ、一年も神隠しにあっていたんだものねぇ。あたしにも聞いて! 知っていることだったら、何でも教えちゃうから!」
それはありがたいです。さて、そろそろ移動しよう。そう思った刹那。
「うわああ!? ば、化け物が出たぞー!!」
化け物が出たという声が響き渡る。
「また出やがったのか」
「刀弥くん。あっちには行っちゃだめよ? あの化け物は、確かに女を妹化させるだけの化け物だけど。普通に強いから」
「は、はい」
俺は、二人の言うことを聞いて悲鳴が聞こえた方向と逆の方向へと逃げていく。が、すぐに小さな道に入り俺は跳躍する。
屋根に飛び乗り、悲鳴のしたところへと辿り着く。
「あれか」
屋根の上から見えた化け物。全身がタイツを纏っているような姿で、真っ白な仮面にでかでかと妹と刻まれている。
そんな化け物が、六体。近くには、三十代ぐらいの女性が二人。そして、それを護るように一人の男が居た。女性全てが妹化したいわけじゃない。
したくない女性も少なくはないということだ。情報を集めている中で、化け物はかなりの強さだと聞いている。実際に映像でも、その強さを観た。とはいえ、今目の前に居る戦闘員のような奴らは戦いの経験を積んだ者だったら、倒せるようで。
その上に居る幹部というか、リーダーのような奴らは尋常じゃない強さなので、無理のようだ。
「来るな! 化け物! 俺の妻と妹は、やらせねぇぞ!!」
「モイー!!」
「モイモイー!!」
なんだこの鳴き声は。特撮ものの戦闘員って結構変な声を上げるけど。こいつらもそうなんだな……まあいい。
とりあえず、助けるか。だが、さすがにこの姿じゃあれだし。
「変身するか」
気合いを入れ、俺は魔力を解放し跳躍する。太陽の熱き力を吸収し、それが力となる。紅蓮の炎に包まれた俺は地面に着地したと同時に変身した姿を露にした。
「モイ!?」
「モイ? モイモイ!!」
さすがの戦闘員達も、驚くのようだ。
「あ、あなたは?」
「俺は」
俺は、この変身能力で数々の敵を異世界で倒してきた。赤き鎧と白きマフラー。それがトレードマークの今の俺は。
「……そういえば、名前考えてなかったな」
今までは勇者とか。本名を名乗っていたけど。こっちでは、そうもいかないよな。世界がおかしくなっているとはいえ。
どう、するかな?