第一話「妹を止めるぞ」
とにかく観ていろとばかりに、テレビを指差すので、俺は再びテレビに目を向ける。
『世界中の妹達よ! 今は、幸せか? 兄と仲良くしているか? いまや、世界中で兄と妹の関係は、ラブラブなものとなっているはずだ! 兄妹は仲良く! 兄は、存分に妹を可愛がれ! 妹は、存分に兄に甘えていいのだ!! 兄妹の絆は美しい……。何歳になろうと、大人になろうと関係ない。どんなに変わろうと、兄妹の絆は消えやしない!! さあ、私はまだまだ世界に轟かせてやろう!! 兄の優しさを!! 妹の可愛さを!! あ、そうそう。明日は、大事な会議があるのでブログの更新はできません。はい、定時宣告おわりーっと』
最後は、なんだか軽い感じで終わりテレビは消えた。俺は、リモコンで再びテレビを点けて、色々と番組を変えていくがさっきのやつはどこにもない。
テレビを消し、無言の母さんに俺は問いかけた。
「もしかして、俺に何とかして欲しいことって……さっきのだったり?」
いや、さすがにそんなことはないだろう。俺は、確かに強くなった。だけど、そのことは母さんはまだ知らないはずだ。
……違う。さっきの母さんの言いようと力。俺が異世界に行っていたことに気づいている? だからこそ、さっきのを何とかしてほしいって言ったのか? いやいやそれより待ってくれ。どうなっているんだ? 今の地球は。一年の間にいったいなにがあったんだ?
緊迫する空気の中、母さんは静かに首を縦に振った。
「ええ、そうよ。いまや、この世界の女性人口は、妹で埋め尽くされようとしているの」
「なんですと?」
異世界に行って、結構常識離れしたことには慣れたつもりだったけど。なにを言っているんだ? と思ってしまった。
だけど、さっきの映像。母さんの表情から、嘘ではないみたいだけど。
「ねえ、刀弥。今の子、誰だと思う?」
「誰って……変声機を使っていたし、女の子の知り合いなんて少ないっていうか。ほとんどいないし」
「そうよねぇ。さすがのあなたでも、あそこまで変わったらわからないわよね」
「え? さっきの子って、俺の知っている子だったのか?」
だけど、あんなスタイルのいい女の子なんて、俺の知り合いにはいないはず。他のクラスだったら、それなりにスタイルのいい子が居たけど。
「知っている。いいや、お前は絶対知っている。なぜなら、お前の家族なんだからな」
「……なん、だと? って、父さん!?」
「よう。一年ぶりだな。随分と成長したみたいで、父さんは嬉しいぞ。……ふむ」
いつの間にか、帰ってきて会話に参加していた父さん。
篠宮京真。
今年で、三十六歳になる営業マン。茶色の短髪で、黒渕のめがねをかけ、スーツ姿でびしっと決めている。壁に背を預け、右手を挙げ俺に挨拶して近づいてくる。
「うお!?」
それは、突然だった。風が巻き起こるほどの速度で、拳を突きつけてくる。俺は、驚いたがそれを片手で防いでみせる。
「うんうん。これぐらいは、対処できなくてはな」
「あらまあ。京真さん。少し衰えたんじゃないのかしら?」
「そうだな。やっぱり、歳は取りたくはねぇな……はあ」
何なんだろうか、この空気は。
いや、もう予想はなんとなくついている。
「ま、まさか。二人は……」
「ああ。お前の予想通りだ。とりあえず、座ってゆっくり喋ろう。色々とな」
「わかった」
父さんに誘われ、俺と母さんは椅子に腰を下ろし、話し合うことにした。まず、俺が気になっていることから切り出す。
「なあ、父さん。仕事は?」
まだ時間帯的に仕事の途中だろう。姿を見る限り、仕事に行っていないわけではなさそうだ。いや、まさかリストラされて、行っているふりをしていたり……ま、まさかな。
「お前が帰ってきたとわかってな。仕事を放り出してきた」
「おいおい……」
「冗談だ。お前も、今の映像を観ただろ? 世界は、いまやお前が思っているよりもとんでもない事態に陥っている。そのため、数々の企業が仕事を休みにしたりしているんだ。俺は、営業マン。営業先にいけないのであれば、やることがなくてな……」
「リストラとかにはなっていないわけか」
安心した。そこで、次に気になったことを今度は二人に問いかけた。
「それで。二人は、何者なんだ?」
「簡単に言えば、俺はお前と同じ異世界召喚を体験した者だ」
やっぱり、そうだったか。じゃあ、母さんは?
「そして、私は」
目を瞑ると、母さんの背中から光り輝く翼が生える。その神々しさは、まさに神々の光。翼が生えたと同時に、髪の毛の色も変わっていた。
金色だ。まさに……女神。
「京真さんを召喚した女神よ」
「と、父さん。女神と結婚したのか? ってことは、俺。女神の子供?」
そうなると、俺が異世界召喚された時に、とんでもない力を持っていたのも説明がつくけど。まさか、俺の親二人が、普通の人ではなかったとはな。
「そうだ。だからこそ、お前が帰ってきたことにも気づいたんだ。テレパシーってやつでな」
「……了解。俺も、異世界で一年も過ごして、色々と勉強したけど。三本の指に入るほどの衝撃だよ」
「やったわね、京真さん」
「ああ、やったな」
まったく、子供のように笑って。てことは、母さんのこの変わらない若さは女神様だからってことか。魔性って言うよりも、マジもんの神様だったわけか。
近所の人達も、女神様と十年以上も過ごしていたなんて知ったら、なんて思うだろうな。
「さあ、ここからが本題だ。さっきの子について、話そう」
「……」
「あの子はね。……さや、なのよ」
本当にさやだったのか。確かに、さやだったらあのスタイルのよさも頷けるし、綺麗な黒髪も。しかしながら、さやがどうしてあんなことを。
「さやはな。お前がいなくなった後、本当に本当に必死で探し回っていた。俺達も、協力したが。俺達は、お前が異世界に召喚されたという事実を知っていた。……この世界はな。昔から異世界召喚がよく起こっている。俺もその内の一人。何度も、何度も異世界の力の影響を受けてきた地球は、変化していった」
「その影響は、さやにも及んだの。あなたがいない悲しみで、眠っていた力が解放されて」
「今に至る、か」
俺にも力があるように、さやにも当然力があった。その力が、さやを変えた。いや、俺がトリガーとなったと言ったほうがいいか。
「さやは、不思議な力を持った女の子達を呼び出して組織を大きくしていった。そして、謎の化け物に人々を襲わせて……世界中の人々を妹へと強制的に変えてしまったのよ」
「そ、そうなのか」
人々を強制的に、妹へ? なんだその怪物は。
「正直に言えば、命を失うとかそういうことはない。中には、若返っていいなぁとか。そういう意見もあるからな」
なるほど、妹になるってことは若返ってしまうってことなのか。そりゃ、歳を取った人達は普通にうらやましがることだろうけど。
でも、歳をとっても妹という事実は変わらないと思うんだが……。
「そ、それでどうして、さやはこんなことを?」
「わからないの。あの時は、こうしか言わなかったわ。私は、最強で最高に可愛い妹になってみせる!! てね」
「……我が妹よ、本当に何があったって言うんだ」
もしかしなくとも、俺のせいなのか? 俺がお前を放置していたから……。
「刀弥!! さやを救ってやれるのはお前だけだ!!」
「私達も、何度か説得したしたのだけど。無理だったの……」
何があったのか。
どうしてこうなったのか。色々と考えさせられることはあるけど、今はさやをどうにかするのが先か。
まあ、そういうことなら、俺がやることは決まっている。
「それで、さやがどこに居るとかはわかっているのか?」
「それがわからないの。あ、でもこれ」
母さんが取り出したのは、携帯電話だった。
それもピンク色の。
なんだろうか。携帯電話のはずなのに、ボタンが一個しかない。これはもはや携帯電話じゃなくて、無線だよ。
「このボタンを押せば、さやの居る場所に繋がるわ。家族だからって、私と京間さんだけに渡してきたの」
「なるほど。それじゃさっそく」
ボタンを押すと、SF映画のようにディスプレイから半透明の映像が出現。そこには、眠たそうな目つきをして、人形を抱いている少女が映った。
なるほど、脱力系妹ってところか。
『はい。こちら、秘密結社イモウトです。……あれ? もしかして、総統の兄上様ですか?』
「あ、うん。よくわかったね」
というか総統って呼ばれているんだ。
『そりゃ、毎日のように映像つきで観ていますから。いやぁ、本物さんに出会うのは初めてです。あ、申し遅れました。私、通信、映像、動画編集などを担当しています。床野ねむと言います』
ふむ。眠そうな感じだけど、しっかりとしゃべる子だ。
……いや、だめだ。
なんだか普通に眠そうにしている。
「ね、ねむちゃんだっけ?」
『ふぁっ!? ……はい、そうです』
「えっと、さやと会いたいんだけど。呼び出すことってできる?」
『もちろんです。少々お待ちください。今、繋げますのでぇ』
ぽちぽちとボタンを押し、映像が変わった。
そこは、先ほどとは違い、どこかの一室。
なんだか社長が居そうなそんな雰囲気のあるところだ。
『ん? おい。今は忙しいから……え?』
目が合った。あぁ、成長しているけどさやだ。なぜかオッドアイになってるけど、俺の可愛い妹のさやだ。どうやら、ねむちゃんは何も言わずさやのところへと繋げたらしい。まあ、すごく眠そうだったしな。
声音を低くしていたさやだったが、俺と目が合った瞬間、高めになってしまう。
「さや。一年ぶりだな。ごめんな、突然いなくなって。それにしても、びっくりしたぞ。お前がこんなことをしているなんて」
『……こほん。ふん。なんだ、我がお兄ちゃんではないか。そうだな、一年ぶり。久しいものだ』
あ、そっちのキャラでいくんだ。しかも、恥ずかしくなったのか。あの妹と額に書かれてある髑髏の仮面を被ってしまった。
「さや。どうして、こんなことをしたんだ? やっぱり、俺がいなくなったのが影響しているのか?」
『……そうだな。私は、お兄ちゃんを必死で探して、探して、探し続けた。でも、半年以上も経ったのに、手がかりすら見つからなかった。だが、そんな時だ。声が聞こえたんだ。力が湧き出てきたんだ。声はこう言った。お前が、最強の最高に可愛い妹になれば兄は帰ってくると』
声か。どこの誰かはわからないが、俺の妹を誑かしやがって。見つけ出したら、絶対ボコボコにしてやる。
『だから、私は最強で最高に可愛い妹になるために。妹力を高めるため、世界中の妹力を集めることにした』
「さや。もうそんなことをしなくてもいいんだ。俺は、帰ってきた。また、四人で仲良く暮らそう。な?」
『……もう遅いよ、お兄ちゃん。もう止まれない。もし、止めたいのなら』
パチン! と指を擦ると、周りに同じ仮面を被った少女達がどこからともなく現れる。その数、四人。中にはさっきのねむちゃんも混ざっていた。
『私達と戦って、勝利して見せよ!! さすれば、世界中の人々を妹から解放してやろう!! さあ、かかってくるがいいお兄ちゃん!!』
「刀弥」
「どうするつもりだ?」
さやの挑戦状を叩きつけられた後に、父さんと母さんが俺に問いかけてくる。
「……ああ、いいぜ。こうなったのも俺の責任だ。その挑戦受けてたつ。待ってろよ、有奈! お前を絶対止めてやる!!」
『そうこなくちゃね。じゃあ、楽しみにしているよ。お兄ちゃん』
こうして、俺の妹を止めるための戦いが始まった。
大丈夫だ。
俺は異世界を救った勇者。どんな力を持っていようと、絶対勝利してみせる。全ては、さやのために。一年間も心配させた罪滅ぼしだ!
次回は、妹視点になります。
今後は、主人公視点と交互に進んでいく予定。