第十話「一人目のヒロイン」
さやから、勝負内容を知らされた。
いつも通り朝食を終えて、出かける前にスマホなどでネットサーフィンをしていた時のことだ。一度使ってから使おうか使わないか迷っていた通信機が反応した。
誰かと思いきや、さやだった。
四天王の皆さんも一緒だったようで、俺はさやから提案された勝負を承諾し、通信が切れたところだ。
どうしたものかと頭を悩ませていると、父さんと母さんが近づいてくる。
「まさか、あんな勝負になるとはな。どうするんだ? 我が息子よ」
「どうするもこうするも。やらないと、さやは止められないし世界も救えない。やるしかないだろ」
「そういえば、刀弥。あなた、異世界ではどうだったの?」
「え? どうって」
「彼女だよ、彼女。勇者と異世界と言ったらやっぱり美少女が不思議と集まってくるものだろ?」
あー……そのことか。確かに、俺は勇者として異世界に召喚されたけど。俺は、頭を掻きながら期待の眼差しを向ける二人に説明をする。
「一応、美少女は居た。三人で旅をしていたんだけど、男二人女一人のパーティーだったな」
「ほうほう。三人パーティーで世界を救ったのか? 我が息子ながら、すごいな」
「それで、その美少女さんとはどうなのかしら?」
「どうもこうも、あいつは恋愛なんて興味はないだろうな。なにせ、魔術研究一筋の魔女さんだから」
旅の途中でも、何度も実験台にされたっけな。ラスボスを倒す前も、倒した後も、あいつは全然変わらなかった。
別れる時だって、土産とばかり魔法薬を持たせて……。俺は、何も無い空間から魔法薬が入ったビンを一つ取り出した。
「あら? それは」
「魔法薬みたいだな」
「その魔女さんに持たされた魔法薬だ。これを見ると、あいつのにやついた顔が思い浮かぶ」
「ふふ。いい関係だったのね。実は、その魔女さん。あなたのことを好きだったってことはないのかしら?」
それは、どうなんだろうな。そんな素振り全然なかったんだけど。こんなことなら、あっちで恋愛経験とか積んでおけばよかったかな?
今からでも遅くないから、一年前から購入していた恋愛ゲームを引っ張り出して勉強しておくか。それとも、俺がいない間に発売した新作を買って勉強をするか……。
「さて、お前の昔話も聞けたところで、今の話をするか。いつヒロインが来てもいいように、準備をしておけよ」
「あっ、そうだ。私が、恋愛教授をしちゃおうか?」
「それはありがたいけど、俺は俺で頑張ろうって思ってる」
恋愛経験がほとんどない俺だけど。誰かに教えてもらったことをそのまま実行しても、相手のためにも俺のためにもならないって思っているんだ。
確かに、誰かに教えてもらうことは大事だけど。
「もし、躓くことがあったら。その時は、よろしくってことで」
「まあ、そういうことなら。刀弥に任せるとしようじゃないか。俺達は、親として息子の恋愛を応援しよう。な? 恵乃亜」
「そう、ね。刀弥! 私達、応援しているから。ファイト!!」
それにしても、まさか世界を救うために敵と恋愛をすることになるとは。でも、やるからには全力でやる。それが、俺だ!
・・・・・◆
さてはて、どこから。そして、誰が来るのか。俺が知っている四天王はねむちゃんに桐火ちゃんの二人か。残りの二人は、どんな子なのかはわからないから。
知り合いが来てくれると助かるけど。
「にゃあ」
「よっ、野良。今日は、機嫌よさそうだな」
誰かが飯をやっているのか。それとも、本当は誰かが飼っているのか。よくわからない猫だが、毎回のようにこの辺りに居るのだ。
人に慣れているようで、俺が近づいてもすぐ逃げようとはしない。
「にゃあ、にゃにゃ」
「なんだ? 飯をくれとか言ってるのか?」
「にゃあ」
マジで、言っていたのか。こいつ、他の人達にも餌を貰ってるな絶対。まあ、見た目はちょっと可愛い系の猫だからなぁ。
可愛がりたくなる気持ちはわかるけど。マジで、どこかの飼い猫だったりして。首輪はついてないけど。
「残念だけど。今は、餌になるようなものを持ってないんだ。次な、次」
謝りながら、頭を撫でると猫は残念そうに俺のことを見詰めている。この白くて、ふわふわした毛並みは、撫でているだけで気持ちがいい。
野良なのに、いい毛並みしやがって。
「ん?」
気配を感じる。しかも、これは……桐火ちゃんか。また俺のことを観察しているみたいだけど、ここで接近してきたってことは、桐火ちゃんが最初の刺客ってところか。
よし、さっそく挨拶にいくとするか。
俺は猫の頭を軽く二回タップし、足に魔力を込めて瞬間移動をした。本当は、背後に回りこむつもりだったが、それだとまたびっくりさせてしまうと思い正面から行くことに。
だが、桐火ちゃんはまた背後に回りこまれると思ったのか。すぐ背後へと振り返る。
「よっ、数日ぶりだな」
「そっちでござるか!?」
驚きのあまり転びそうになったが、何とかバランスを保ち、俺から距離を取る。俺達が居るのはとある民家の屋根の上だ。
今のところ、俺達以外外にはいないようだが、ここだと目立つな。一旦、近場の公園に下りてから俺達は話し合いを始める。まず、切り出したのは俺だ。
「それで……まsかあ、桐火ちゃんが?」
俺の問いに、桐火ちゃんは静かに首を縦に振る。
「そうでござる。拙者が、第一の刺客でござるよ」
やっぱりそうだったか。まあ、知り合いで助かった。助かったけど……彼女がどんな女の子かは、全て理解しているわけではない。
忍者でちょっとあっちな性癖があるってことはわかっているんだが。俺の選択次第で、この子との関係が良くなったり、悪くなったりする。ここは慎重に接していかないとな。
「そうか。えーっと、じゃあ何しようか?」
「そうでござるな。実は、拙者兄者……刀弥殿とやってみたいことがあるのでござる。少し、場所を移さぬか?」
「別にいいぞ。どこに行くんだ?」
しかし、桐火ちゃんは何も答えず、ただついて来いとばかりに走り出す。行ってからのお楽しみってところか。そういうことなら、黙ってついて行こうかな。
民家の屋根から屋根へ。
そして、街中を離れ森へと向かっていく。見渡す限りの木々。道路があるだけで、家々は見当たらない。こんな山奥に行きたいところがあるとしたら、忍者の特訓所とか隠れ家とかか? さすがに、自宅ってことはないよな。お? どうやら、到着みたいだな。
俺は、桐火ちゃんが木から地面に着地したのを見て、続いて着地する。
「……森、だな」
「そう、森でござる」
見た感じ、変わったものは一つもない。緑溢れる一般的な森にしか見えない。こんなところで何をするんだろう。いや、忍者といえば。
「これから、刀弥殿には拙者と修行をしてもらうでござる」
「修行か。それは、忍者のってことだよな」
「そうでござる。拙者は、さや殿が認めるそなたの実力をこの目で見てみたいと思っている。そのうえで、拙者はこれからそなたと接していこう。それに、共に行動をすれば刀弥殿もは拙者のことを少しは理解できるであろう」
なるほどな。まずは、互いに理解を深め合っていこうってことか。他に方法はあったはずだけど、彼女なりの方法なんだろうな。
そういうことなら。
「む?」
俺は、体内の魔力を放出し姿を変える。楔帷子に黒の忍者装束、赤いマフラーを巻き、桐火ちゃんにドヤってみせた。
「これは、驚きでござるな。まさか、格好をこちらに合わせてくれるとは」
「俺の能力は『変身』だからな。こうして、色んな姿に変身することができるんだ」
「だが、格好だけ忍者になったところで」
「それも心配いらない」
桐火ちゃんを安心させるために、俺はその場から高く跳び上がり、魔力で構築した手裏剣を三つ取り出し近くの大木へと投げる。
手裏剣は、同じ場所へと見事刺さった。着地した俺は、手裏剣を消しどうだ? と桐火ちゃんを再度見る。桐火ちゃんは、腕組みをしながら感心したように声を漏らす。
「なるほど。格好だけではない、ということでござるな」
「そういうことだ。俺の変身能力は、姿形を変えるだけじゃなくて、ちゃんと能力も最大限にまで発揮されるんだ」
これで、異世界でもかなり役立った。特に、潜入する時とか。色んな敵と戦う時とかな。
「そういうことなれば、遠慮はいらぬでござるな。さあ、拙者の全力修行を開始するでござる!!」
「おう! 全力でついて行くぞ!!」
まずは、俺も桐火ちゃんのことを知ってから、彼女の攻略を開始しよう。それにしても、忍者の修行か。それはそれで楽しみだ。




